☆炭素をつなぐ最良の方法・鈴木-宮浦カップリング(1)

 ここまで、様々な特色を持つ数多くの有機化合物を紹介してきました。これらの化合物は(いくつかのタンパク質を除けば)、ほとんど全て有機化学者が化学的手法を使って人工合成してきたものばかりです。化学者たちは「有機合成」という武器を駆使して天然化合物のみごとな仕組みを次々と解明し、それに負けないほどの機能を持った化合物を数え切れないほど作り出してきました。丈夫なプラスチックも病苦を和らげてくれる医薬も、全ては「有機合成」という確立された技術の上に立って生み出されたものであるわけです。

 ではその「有機合成」、つまり化合物を組み立てるというのは、具体的にはどういう技術なのでしょうか?

丈夫な繊維ナイロン(上)も、複雑な構造を持つ抗ガン剤ビンブラスチンも、有機合成の力によって作り出された化合物である。

 有機化合物の基本骨格は炭素で作られていますから、要するに炭素同士をつないで骨組みを作り、そこに酸素や窒素などを含む「官能基」(一定の性質を持ったいくつかの原子のグループ)を整えてやれば、必要な分子が完成するということになります。

 となれば「炭素と炭素をつなぐ」という方法論が、有機合成化学において大きなウェイトを占めることになるのは当然のことでしょう。この需要に応えるためこれまで数多くの「炭素−炭素結合生成反応」が開発されており、現在でもこの分野は有機化学におけるメインストリームであり続けています。

 ところが有機化学の基本であるはずの「炭素同士をつなぐ」というのは、実はなかなか難しい反応なのです。炭素と炭素の結合は、粘土細工のように好きなところに好きな大きさの分子をくっつけて作る、というようなわけにはいかないのです。

 例えば下図のように、何もないところにいきなり炭素の枝を生やすのは不可能ですが、炭素−酸素の二重結合(「ケトン」という官能基)があれば、これを足がかりにその隣の炭素から枝を伸ばすことが可能になります。このように炭素−炭素結合を作るには何かしら「官能基」の存在が必要であり、多くの官能基の反応性を知り尽くしてそれを巧みに使い分け、制御できるのが優れた合成化学者であるといえます。

 こうした制約だけならまだしも、炭素と炭素の結合は「切れにくいが出来にくい」という厄介な性質があります。C-C結合は一度できてしまえば非常に丈夫で切れにくい反面、作ろうと思うと往々にして高熱や強い塩基(アルカリ)など、非常に激しい条件が必要になります。

 特に作ろうとする分子が複雑なものになってくると、炭素をつなぐための強い反応条件で分子内の他の官能基が余計な反応を起こしてしまい、狙ったところだけに炭素−炭素結合を作ることが難しくなってきます。また強い条件の反応というのは当然制御が難しく、実験者には高度な技術が要求されることになります。

 結局有機合成の世界において求められる反応というのは「他の官能基と反応せずに狙ったところにだけ結合を作ることができ、難しい実験技術を必要とせず、毒物など始末に困る副成物ができない反応」ということになるでしょう。さらに反応に使う試薬が高価でなく、安定で長期保存が利き、工夫次第でいろいろと応用範囲が広がる――となれば言うことはありません。

 星の数ほどある炭素−炭素結合生成反応の中で、現在この理想に最も近い反応と思われるのが、今回取り上げる「鈴木-宮浦カップリング」反応です。反応に名前を残すのは化学者にとって非常に大きな名誉ですが、中でもこの鈴木-宮浦カップリングは日本人の名のついた反応中、おそらく現在最も有名なものといってよいでしょう。


 炭素と炭素をくっつけるにはどうすればよいか。いろいろの反応があっても原理はほとんどどれも共通で、要するに「炭素の陽イオンに、炭素の陰イオンを作用させる」という一点に尽きます。

 陽イオンになりやすい元素としては金属元素、陰イオンになりやすい元素としてはハロゲン類(フッ素、塩素、臭素、ヨウ素)があります。要するに炭素−金属結合を持った化合物(有機金属化合物)と、炭素−ハロゲン結合を持った化合物を混ぜてやれば結合の組み替えが起こり、炭素同士がくっつくということです(実際にはそこまで単純ではありませんが)。

 ところがこの方法では、ベンゼン環など二重結合を持った炭素(sp2炭素といいます)はうまく結合してくれません。このため、こうしたベンゼン環が2つつながった「ビアリール骨格」は以前は大変作りにくい構造とされていました。

 転機が訪れたのは1972年のことです。京都大学の熊田誠・玉尾皓平らのチームは、有機マグネシウム化合物と有機ハロゲン化物だけを混ぜるのでは全く反応しないのに、少量のニッケルやパラジウム化合物を添加してやるとこれが両者の仲立ちを果たし、極めて効率よく両者が結合(カップリング)することを見出したのです。

 この場合のニッケルやパラジウムのように、反応の仲立ちの役割をする化合物を「触媒」と呼びます。「媒」という字はもともと「仲人」という意味ですから、この場合特にぴったりした言葉といえそうです。

 熊田−玉尾カップリングが開発されるまでは、AとBのパーツを結合させようとしてもA-AやB-Bが同時にできてしまうことが多く、このようにA-Bだけが選択的に作れる反応は例があまりありませんでした。こうした違うパーツ同士を結合させる反応を「クロスカップリング」と呼び、当然ながら有機合成化学者にとって非常に有用性の高い反応ということになります。ともあれこの反応は、この後爆発的に進展した遷移金属触媒の化学の先駆けとして、時代を画する研究と評価されることになりました。

 この後、熊田−玉尾カップリングで用いられていたマグネシウムに替えて亜鉛を使う「根岸カップリング」、スズを使う「Stille(または右田−小杉−Stille)カップリング」、銅を使ってアセチレンを結合させる「薗頭(そのがしら)カップリング」などが続々と開発され、それぞれ優れた反応として広く使われていくことになります。名前からもわかる通りこの分野での日本人化学者の功績は非常に大きく、クロスカップリング反応は日本のお家芸ともいうべきジャンルとなってゆきました。

 こうした状況の中、真打ちともいうべき存在として登場してきたのが「鈴木-宮浦カップリング」です。鈴木教授は有機ホウ素化学の権威であるH.C.Brown教授の元に留学し、ホウ素を用いた新しい反応の開発に取り組んだ経験がありました。

 帰国した鈴木教授はこれをさらに進展させ、ホウ素の性質を生かして炭素−炭素結合を作るというテーマに挑みます。具体的には、それまで用いられていた不安定で危険な有機金属化合物に替え、安定で取り扱いやすい有機ホウ素化合物をクロスカップリング反応に導入しようと考えたのでした。

 しかし安定であるということは、裏を返せば反応を起こしにくいということでもあります。安定でありすぎる有機ホウ素化合物は、とうてい炭素−炭素結合生成反応には使えないというのが当時の常識でした。

 しかし鈴木教授は、それまでクロスカップリング反応には用いられることがなかった「塩基(アルカリ)」を反応系中に加えることにより、有機ホウ素化合物がスムーズにカップリング反応を起こすことを発見したのです。これはなんでもないことのようでいて、実は決定的ともいうべき大きな改良でした。

鈴木カップリング概念図。ピンクはホウ素、紫は臭素またはヨウ素。

 その後も鈴木-宮浦カップリング反応は着実な進歩を遂げ、今ではノーベル賞の呼び声も高い素晴らしい反応に成長しています(追記:2010年ノーベル化学賞受賞)。鈴木カップリングの何がそんなに優れているのか、そのあたりはまた次回に。