☆ロタキサン合成・最近の話題から

 ロタキサンもこのページで幾度も取り上げていますが、今回は最近の進歩について。

ロタキサンとは下の図に示す通り、環の中に糸状の分子が通り、その両端に大きな「ストッパー」が付くことで、環が抜けなくなっている分子のことです。環と糸は本来別の分子でありながら離れることができない、大変特徴的な構造です。

ロタキサン概念図

 こんな不思議な分子をどうやって作り出すのか――。当初は偶然に頼っていたため収率も低いものでしたが、近年になって合理的な方法が開発されました。糸が輪に通った状態で「仮止め」しておき、ゆっくりとストッパーを取りつけるという方法で、これによって飛躍的に合成効率は上昇しました。詳しくはこちらも参照して下さい。

 特に近年よく見られるのは、環にクラウンエーテルを、糸にアンモニウム陽イオンを用いる組み合わせです。クラウンエーテルがナトリウムやカリウムの陽イオンを捕らえることはよく知られていますが、アンモニウムも効率よく捕まえることができるのです。単純なNH4+は、18員環のクラウンエーテルに最もフィットすることが知られています。
 しかしロタキサンの糸に用いられるジアルキルアンモニウムはこれよりも大きいので、クラウンエーテルの方も24員環程度の大型のものを用いる必要があります(下図・紫色が24員環クラウンエーテル。赤が酸素、青が窒素原子、以下同様)。下図のように、アンモニウムの「糸」(黄緑)が通ったところでストッパーとなるユニット(水色)を加え、抜けないようにトラップしてしまうわけです。


「糸」が通ったところに(左)、「ストッパー」(水色)を取りつけると、抜けなくなってロタキサンの完成。

 ところが最近になり、21員環のクラウンエーテルでもロタキサン合成に成功したという報告が、台湾大学の邱勝賢らからなされました(Angew. Chem. Int. Ed. 47,7475 (2008))。ここでは小さな環にも通れる「細い糸」として、ジプロパルギルアンモニウムが選ばれています。ここに1,2,4,5-テトラジンを反応させるとアセチレン部分とDiels-Alder反応を起こしてピリダジンができ、ストッパーとなります。これは現在までに合成された最小のロタキサンなのだそうです。

 なおこのDiels-Alder反応は通常の溶液中での反応ではなく、ボールミルによる固体反応で行われています。両化合物をシリカゲルに吸着させ、ステンレス製の容器に鋼球とともに封じ、激しく振って反応させた後、溶媒で抽出して取り出すという操作によっています。これにより、81%という高い収率でロタキサンを得ることに成功しています。


最小のロタキサン合成


ストッパー部分のDiels-Alder反応。窒素の脱離を伴い、ピリダジン骨格ができる。

 しかし我が日本勢も、決して台湾勢に負けていません。今までの合成法ではロタキサン以外に、「糸」が「環」から抜けてしまったものが必ず一定の割合でできてしまっていました。しかし2007年、大阪大学の廣瀬敬治らは初めてほぼ100%選択的なロタキサン合成に成功したのです(Org. Lett. 9, 2969 (2007))。

 成功の秘訣は、ストッパーを取りつける手段にあります。今までの合成法では、クラウンエーテルが「糸」を捕まえているといっても完全ではなく、一部は抜け落ちてしまいます。この糸が単独でストッパーと反応してしまうことが避けられず、収率が低下していました。

 そこで廣瀬らは、ストッパーを外から加えるのではなく、環の方にあらかじめゆるく取りつけておくという手段を考えました。糸となるアンモニウム(ピンク)がやってくるとすかさず環に取りつけられたストッパー(紫)がこれと反応して結合し、抜けないように捕まえてしまうわけです。鳥をエサでひきつけ、とらえるトラップを思わせる合成手法です。

 ストッパーのベンゼン環についている2つのニトロ基は、サイズを大きくして環から抜けないようにする他、環の電子密度を下げてアミンと反応しやすくするという2つの役割を受け持ちます。こうした工夫の数々が、高い効率を生み出しているのです。

 この発想の原型は、2004年に平谷らによって報告された[1]ロタキサンの合成にあるようです(J. Am. Chem. Soc. 126, 13568 (2004))。[1]ロタキサンというのは全体が1分子である、つまり環と糸がつながってしまっていることを示します。

 図のようなクラウンエーテルにもう一本の鎖(黄色)が環を作った構造に対して黄緑色のアミンが捕らえられ、エステル-アミド交換を起こすことにより、右上のような投げ縄状ロタキサンが得られるという仕掛けです。ロタキサン類には他にも面白いトポロジーの分子が多数報告されており、総説など眺めているだけでも楽しくなる分野です。

 ロタキサンが初めて合成されたのは1969年ですから、40年近くをかけてついに100%選択性という一つの頂点に至ったということになります。一つの研究の流れを追っていくと、優れたアイディア一発で全てが解決している事は少なく、多くの人の様々な工夫と改良の末にこうした成果が生み出されていることがわかります。研究の歴史を追っていく楽しさは、こんなところにもあるように思います。

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