☆自己複製する分子、そして生命の起源

 まるで細菌かアメーバのように、次々と自分のコピーを作って増殖する分子がある、といったら信じられるでしょうか?今回はJ. Rebek Jr.教授のデザインした自己複製分子の話をしてみましょう。

 増殖するといっても、もちろん細菌のように分裂して増えるというわけにはいきません。複製を行なう分子は下のような構造です。ここでは仮に3つの分子をA、B、ABと名付けておきましょう。Aの右端の部分(この図では黄緑色で示しました)は脱離基といって、Bの左端の窒素(青)が近づくと、窒素にその座を譲り渡して去ってしまいます。要はAとBがくっつくための仕掛けです。両者がくっつけばABになることは一見しておわかりでしょう。

AB(自己複製子)

A(左)とB(右)

 さてこの3種の分子を混ぜたとします。ABは水素結合及びπスタッキングという力によってAとBを近くに引き寄せます。3分子は下の図のような形をとります。と、Aの脱離基とBの窒素が極めて近い位置(下中央)にやってきます。

 都合のよい位置に来たAとBは反応を起こし、下の図のようになります。やがてこれは解離し、AB2分子となって離れてゆきます。

 要するにABはAとB2分子を引き寄せ、都合のよい位置に引っ張ってくることで、新しい仲間の誕生をアシストしてやっている(触媒作用)ということです。触媒であるABはどんどん増えてゆきますから、AとBが存在する限りABは加速度的に増えてゆくことになります。

 Rebekらはもう一種類、似たような機構で増える自己増殖分子(A'B'としておきましょう)を発表しています。面白いことに、両タイプの合いの子(AB')は両親であるABやA'B'よりも効率よく増えてゆくことがわかっています。「藍よりも青し」を地で行くような話ですが、AB'は両親を超えた、あるいは「進化した」と表現してもいいでしょう。


 実をいえば、天然にも自己増殖を行なう分子が存在しています。今もあなたの体の中でその分子は増殖を行なっています。そう、DNAがそれです。上に挙げたRebekの分子もかなりの部分DNAの構造を参考にしてデザインされています。あの美しい二重らせん構造こそ、自己増殖に最も適した形なのです。

 DNAは太古の地球に発生し、ゆっくりと自己増殖していきました。少しでも増殖効率のよいものがあれば、長い時間の後にはそれが他を圧して増えてゆくのは自明の理です。やがてその中の一部はタンパク質と手を組み、互いを作り出しあうことを始めました。やがてこれらが脂質からできた袋に身をくるみ、外界から切り離された「細胞」を作り出しました。これが生命の起源です。どうしてそんなことが自然に起こったんだろうと思えますが、それもこれも少しでも増殖効率のよいものが生き残っていた結果なのです(注:現在では生命の誕生に関わったのはDNAではなくRNAであるという説が有力です。タンパク質が主役であったという説もあります)。

 生命(遺伝子)はその後もよりよい増殖効率を求めて、様々なシステムを作り出していきます。多細胞化、目や内臓など諸器官の発達、身を守るための武器の開発……などなどありとあらゆる方法が試され、生存競争に負けたものは脱落していきました。現在地球上を埋め尽くす多種多様な生物はこうして生まれてきたと考えられています。逆にいえば、全ての生命体は、DNAがより効率的に増殖するための「乗り物」に過ぎません。実に身もふたもない話ですが、現代の科学がたどり着いた生命観とはこのようなものです。全ての生物の形・機能・行動は(恋や戦いや裏切りや、もろもろを含めて)全て遺伝子の生き残るための策略の結果です。なんとも情けなくなる話ですが、こう考えると様々なことがうまく説明できるのもまた事実です。


 Rebek教授の試みは、生命の起源に化学の側面から迫ろうという極めてユニークな研究です。もちろんここで作り出された分子は生命そのものとはいえませんが、少なくともその第一歩、根幹となる部分のシミュレートに成功したとはいえるでしょう。

 この研究に一段落をつけたRebek教授は、現在生命の誕生への第2段階、「細胞」の機能を化学的なシミュレーションに挑んでいます。細胞の特徴は外部から遮蔽されていながらある種の分子は通過させること、内部で化学反応を行なえることなどです。すでに教授は水素結合を用いたカプセル状分子を開発し、ある程度これらの要件を満たすことに成功しています。これらもいずれ機会があれば紹介していきたいと思っています。

 Rebek教授の発表する分子はいずれも機能性に富み、なおかつ独特の美しさを備えたものばかりで、その分子デザインの才にはいつも感心させられます。筆者などはいわば彼の「ファン」で、好きなアーティストの新譜を待ち望むような気持ちで新しい論文を待っているような次第です。

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