☆プリン体の話

 しばらく生物学寄りの、少々難しい話が続きました。今回は久々に有機化学の話、しかも身近な分子である「プリン体」に登場願いましょう。別にプリオンの後だからプリン、というわけでもないのですが。

 さて最近、「プリン体○%カット」と銘打ったビールや発泡酒を見かけるようになりました。このプリン体とはいったい何で、何ゆえつまはじきにされねばならないのか?まずプリン(purine)そのものは下に示すような、5・6員環がくっついた中に窒素原子(青)4つを含む分子のことで、「プリン体」というのはこの骨格を含む分子を総称していう言葉です。ちなみに食べ物のプリン(pudding)とは何の関係もありません。

purine。灰色が炭素、青が窒素、白が水素。

 実は生体内にはこのプリン骨格を持つ分子は非常に多いのです。たとえばDNAは4種類の核酸塩基がずらりと並んで二重らせんを作ったものですが、このうち2種(アデニン・グアニン)がプリン骨格を持った分子です。要するに生命の基本となる情報(の半分)は、プリン骨格が背負っているといって差し支えありません。

adenine(左)、guanine(右)

 アデニンにリボースという糖がくっついたものがアデノシンですが、この誘導体にも重要な分子がたくさんあります。体の中でエネルギーのやりとりの「通貨」となるアデノシン三リン酸、血管を広げる役回りを持つサイクリックアデノシンモノホスフェート(cAMP)などです。後者はあのバイアグラのターゲット分子としても知られています。

上から、アデノシン、アデノシン三リン酸(ATP)、アデノシンサイクリック3',5'-一リン酸

 しかしこれだけ重要なプリン化合物が、なぜ目の敵にされなければいけないのか?実は最近、プリン体は「痛風」の原因物質として問題視されているのです。

 痛風は足の指の関節、膝、足首の関節などが赤く腫れ、痛みを発する病気です。その痛みは激烈で、「風が吹いても痛い」ことから痛風と名付けられたほどです。放っておけば病気はやがて腎臓などの内臓疾患にも及び、様々な合併症を発生して健康をむしばみます。

 プリン体は先に述べた通り非常に重要な化合物群ですが、摂りすぎると余計な分が体内で代謝を受けて、尿酸という化合物に変換されます。尿酸は非常に水に溶けにくいため、関節などに鋭くとがった結晶として析出してきます。この状態で関節を動かすとギザギザがこすれ、猛烈な痛みを発するわけです。

尿酸(uric acid)

 痛風はぜいたくな食生活の産物といわれ、かつては帝王病とも呼ばれていました。アレクサンダー大王、神聖ローマ皇帝カール5世、フランス王ルイ14世、ミケランジェロ、ダ・ヴィンチ、ゲーテ、ニュートン、ダーウィンなど、痛風に苦しめられた歴史上の有名人は枚挙にいとまがありません。実際プリン体を多く含む食べ物にはエビ、カニ、肉類、レバー、ビールなどおいしいものが多く、美食家のかかりやすい病気であるのは間違いないでしょう。

肉のうまみ成分、イノシン酸

ただしプリン体は体内でも合成されていて、食物から直接取り入れるプリン体は総量の1/3〜1/4程度です。このため近年では痛風の治療にはプリン体だけが悪玉というより、食生活全体の改善が必要という認識に変わってきているようです。しかしかつて「帝王病」であった痛風がこれだけ増えているというのは、現代の食生活がある意味で大変異常なものになってきているという証明ともいえるでしょう。

 なお、最近になって「尿酸値の高い人は知能が高いのではないか」というちょっとびっくりするような説も唱えられています。これについては分館に書いた記事をご覧下さい。


 他にプリン骨格を持った有名な化合物として、カフェインがあります。カフェインはもちろんコーヒーやお茶に多く含まれていますが、ココアにはテオブロミン、お茶にはテオフィリンなどよく似た化合物も含まれ、基本的に同じような作用を示します。

caffeine(左)、theobromine(中)、theophylline(右)

 カフェインの単離は1819年のことで、最も古くに発見された有機化合物のひとつです。コーラなどの清涼飲料水も多くのカフェインを含みますし、鎮痛剤などにも配合してあるなどその消費量は極めて多く、全世界で年間12万tが生産されています。

 カフェインを摂ると神経が興奮し、眠れなくなるのはご存じの通りです。この作用は難しく言えば「アデノシン拮抗作用」によります。アデノシンは上の方でも登場した通りDNAの構成成分のひとつですが、単独では鎮痛作用、脳の活動を抑える作用があります。アデノシンは細胞にある「受容体(レセプター)」にくっつくことで作用を示しますが、これとよく似たカフェインは受容体に先回りしてくっつき、アデノシンをブロックしてしまうのです。要するにカフェインは体を直接興奮させるのではなく、鎮静作用を妨げることによって興奮させているというわけです。

 最近の研究ではカフェインには他にも防虫、脂肪燃焼促進などの作用があるということで新たな注目を集め始めています。同類のテオフィリンは気管支を広げ、血流を高めることから喘息の治療薬にも使われますが、一方でスポーツ選手のドーピングにも用いられており、同じ作用でも使い方次第で善悪いろいろな結果を生むというのは他の化合物と同様です。

 こうした作用を持つカフェインですから摂りすぎれば害にもなり、成人の致死量は5g(コーヒー約80杯分)と 、意外に強い毒性を持ちます。これはおそらく認可されているどの食品添加物よりも高い毒性ですが、そのわりにコーヒー追放運動、カフェイン全廃運動というのはあまり耳にしたことがありません。まあ当然禁止する必要はさらさらなく、一度に80杯もコーヒーを飲まなければいいというだけの話です。


 しかし有機化合物があまたある中で、プリン骨格はなぜかくも重要な地位を占めたのでしょうか?これら生命の基礎になった分子は、当然生命の発生以前から存在していたはずです。実はアデニンは火山ガスに含まれるシアン化水素(青酸ガス、HCN)の化合によって生まれたとされ、最も古くに地球上に出現した有機化合物の一つと考えられているのです。

この反応はフラスコ内で再現することも可能で、シアン化水素とアンモニアを加熱することで、30%程度の収率でアデニンが得られます。無機化合物に分類されるシアン化水素から、比較的複雑なアデニン分子がこれだけの収率で生成するのは驚くべきことといっていいでしょう(もちろん我々の体内にあるプリン体はシアンガスから作られているのではなく、アミノ酸などから複雑な過程を経て合成されています)。

5分子のシアン化水素が化合し、アデニンが得られる。

 我々の体内でこの瞬間も様々に働いているプリン体は、それぞれが数十億年の歴史を受け継いでいる存在といえます。痛風には気をつけなければいけませんが、そう考えて飲んでみれば一杯のビールが持つ味わいもまた、いつもとは違って感じられるというものではないでしょうか?

 

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