Molecule of the Week (53)

 

メタンハイドレート。青が酸素、緑が水素。

 氷には14種類ある、というのをご存知でしょうか?氷というのは水の分子(H2O)が水素結合でネットワークを作り、固定されて動かなくなった状態です。ふつう水は1気圧、0度で凍りますが、圧力など条件を変えると通常と違ったネットワークを作り、これが現在まで14種類存在することが知られているのです(注1)。

通常の氷(氷Ih)の構造。ダイヤモンドに似ているがちょっと違う。

 水が凍る時、他の気体分子が混じっていると話はまた変わってきます。ネットワークのすき間に他の分子を取り込み、水だけの時とは違う結晶格子を作るのです。これをガスハイドレート(hydrate=水和物)と呼びます。

 中でも近年注目されているのがメタンハイドレートで、文字通りメタン分子が水のネットワーク内に閉じ込められたものです。一番上の写真のように水分子が集まって12面体(及び14,16面体)を作り、その中にメタン分子が取り込まれた構造です。このメタンハイドレートは世界中の深海底に分布しており、中でも日本近海には豊富に存在しているとされます。

水分子の作るケージの中に閉じ込められたメタン分子(青と緑)

 メタンは炭素1つと水素4つから成る最も簡単な炭素化合物で、有機物が分解されて行き着く最後の形の一つです。メタンハイドレートは太古の昔に死んだプランクトンなどの死骸が分解されてできたメタンが、海底の高圧・低温によって水に閉じ込められてできたと考えられます。

 メタンは石油と同じく炭素と水素だけでできていますので、よく燃える性質があります。メタンハイドレートもシャーベットのような外見ですが、火をつけると赤い炎を上げて燃え、後には水だけが残ります。この「燃える氷」が、次代のエネルギー源、炭素資源として大きな期待を集めているのです。メタンハイドレートの埋蔵量は炭素ベースで石炭・石油・天然ガスを全て合わせたものの2倍以上あると見積もられており、うまく使うことができればしばらく人類はエネルギー源に困らなくて済むというほどの可能性を秘めているのです。

 そんなにいいものならどんどん掘り出して使えばいいじゃないか――と思うところですが、実はなかなかそうは問屋が卸さない事情もあるのです。まずメタンハイドレートは水深1000m前後の深海に分布しているため、採掘が技術的に非常に難しいという点が挙げられます。またメタンハイドレートは地上の気圧下ではすぐに分解し、体積で160倍ほどのメタンガスを放出するため、運搬するにも問題を伴います。

もうひとつ、深海底の地勢というのはまだわかっていない点も多く、大量に掘り出していると海底地滑りなどの大きな災害を誘発するような可能性も指摘されています。というわけでメタンハイドレートは、まだそう気楽に掘り出して使うわけにもいかない代物なのです。

 さらに問題視されているのが、地球温暖化に関してです。メタンガスの温室効果は二酸化炭素の20倍と見積もられており、大量に大気中に放出されると一気に温暖化が進行するという懸念があるのです。こうして気温が上昇するとそれによって海底のメタンハイドレートが溶け、放出されたメタンが気温上昇を引き起こし……という悪循環に突入する可能性すらあるのです。実際今から5500万年ほど前にこうした現象が起こり、地球の気温が一気に上がって生物が大量絶滅したのではないかという推測もなされています。

 とはいえ資源小国の日本にとってはまさにのどから手が出るほど欲しいエネルギー源であるのも事実で、このためメタンハイドレート研究は現在世界で日本が一番進んでいるといわれます。うまくいけば日本は世界一の資源大国になれるのかもしれませんが、なかなか乗り越えるべきハードルも多い――。メタンハイドレートが日本、そして世界のエネルギー問題の切り札になる日は、果たしてやってくるでしょうか?

 

(注1)準安定相を含めるかどうかなどによって数え方は変わります。このため氷の種類については、「10種類以上」などという書き方をしている文献が多いようです。ちなみに普通の条件下では通常の氷(氷Ih)しか見ることはできません。

 

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