Molecule of the Week (32)

ユーカリの新兵器・シデロキシロナール

 植物をエサとして生きている動物は非常にたくさんいます。この関係は動物が種を運んでくれるなど植物側にメリットがある場合もありますが、手間ひまかけてこしらえた葉や実を食われるだけ、植物側の一方的な損害であるケースも少なくありません。

 オーストラリアに住む珍獣コアラがユーカリの葉しか食べないことは有名ですが、これなどユーカリの側からすれば大変に迷惑な話で、コアラは可愛いどころか恐るべき天敵以外の何者でもありません。実は最近の研究によると、ユーカリはコアラの食害を防ぐためにいろいろな工夫を凝らしてきた歴史があることがわかってきました。

 これまでにもユーカリは動物の嫌うテルペン類、タンニン類などの化合物を合成して対抗しようとしていたのですが、これらではコアラの食欲を抑えるのに十分ではありませんでした。ところが最近一部のユーカリが有袋類に対して強力な毒性を持つ化合物(ホルミルフロログルシノール類、FPCs)を生産し始め、これが成功してついにコアラの害を防ぐことに成功しつつあるのだそうです。そのひとつが上に挙げたシデロキシロナール類で、ベンゼン環に水酸基が3つ、ホルミル基が2つついた特徴的な構造です。

 ではエサを失ったコアラはじわじわと絶滅に追い込まれていくのか――。実はコアラの側もなかなかしたたかで、なんと彼らは早くもFPCsを解毒する機構を徐々に獲得し、こうしたユーカリでもエサにできる方向に進化しつつあることがわかっています。さすがにコアラにとっては唯一の食料であるだけに、少々のことで失うわけにはいかないということなのでしょう。

しかし平和な光景の象徴のように思われていたコアラの食事の影に、こんな生命の闘いの構図が隠されていたとは驚きです。「最も強い者が生き残るのでも、最も賢い者だけが生き残るのでもない。変化できる者だけが生き残る」というチャールズ・ダーウィンの言葉を地で行くような話ですが、こうした視点を持って自然を眺めてみると、今までとはかなり違ったものが見えてくるかも知れません。

 Nature 435, 488 (2005) B. D. Moore et al. 他

 

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