Molecule of the Week (21)

 

不可能炭化水素

 反応させたい原子の周辺を大きな置換基が覆っていると、これに邪魔されて試薬が近づきにくくなり、反応が進行しにくくなることがあります。いわゆる立体障害と呼ばれるもので、複雑な分子の合成においては往々にしてこれが命取りになることがあります。特に枝分かれの多い置換基は効率的に(?)反応をブロックしてしまうため、合成化学者にとって大きな悩みの種です。

 では実際問題として、どこまで混み合った分子が存在できるものでしょうか?最近、ケンブリッジ大学のGoodmanが、理論計算を用いてこのテーマに挑みました。これだけでは話が広すぎるのでちょっと条件を絞り、「環や不飽和結合を持たないシンプルな炭化水素(一般式CnH2n+2で表される分子)のうち、混み合いすぎて存在できない最小の分子は何か」を計算で求めたということです。

 いろいろな分子を検討した結果、最小の不可能炭化水素は案外小さく、上に示した炭素数16の炭化水素で早くも限界を超えてしまうことがわかりました。中心炭素にtert-ブチル基が3つ、イソプロピル基が1つついた構造で、立体図で見ると確かにギチギチに混み合った構造ではあります。

 理論と現実とはまた違うので、実際に合成できる分子はこれよりだいぶ小さいのではないか――と思ったら案外そうでもなく、トリ(tert-ブチル)酢酸エチルというほぼ極限に近い分子がすでに合成されているそうです。理屈上では、ここから数段階で上のC16分子へと変換が可能であるはずです。

Goodman教授によれば、上の分子は室温では無理でも、極低温で短時間なら存在できるかもしれないということです。立体障害に打ち克てる反応の開発は重要なテーマですので、この「究極の立体障害」に挑戦して、不可能炭化水素の合成に取り組むというのも十分意味のある研究と思います。研究者のみなさま、いかがなものでしょうか?

 J. Chem. Inf. Model. 2005, 45, 81 K. M. N. de Silva et al.

 

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