~~メルマガ有機化学~~

 2008年第17号 もくじ

1.今週の反応・試薬 2.注目の論文 3.安全な実験のために 4.館長の本棚 5.編集後記

 有機化学美術館更新情報
本館:ひずんだ多重結合(2) 
分館:有機化学に「鉄の時代」は来るか?(5/21) 世界を変えた化合物(1)~カフェイン(5/27)


 ☆今週の反応・試薬 ~ 2-ニトロベンゼンスルホニル基

2-ニトロベンゼンスルホニル基(-き)は、有機合成化学において用いられるアミノ基の保護基の一つ。スルホンアミド型の構造を有する。下記の構造を持つ。福山透らによって開発された。ノシル基(nosyl)、Nsと略されることが多い。

(1)合成
一級・二級アミンに対し、ピリジンなどの塩基存在下で、2-ニトロベンゼンスルホニルクロリドを作用させることで合成できる。

(2)脱保護
炭酸カリウムやトリエチルアミンなどの弱塩基存在下、チオールを作用させることで脱離できる。チオールとしてはチオフェノールがよく使われるが、これは悪臭を持つため1-ドデカンチオールなどの低臭チオールで代用することも可能である。

脱離の機構としては、ソフトなアニオンであるRS-がノシル基のベンゼン環を攻撃し、マイゼンハイマー錯体を経由してこれが分解し、二酸化硫黄を放出しつつアミンが遊離されるものと考えられている。

(3)脱保護
ノシル基を脱離する条件で、Boc基・Z基・アリルオキシカルボニル基・シリルエーテル・p-メトキシベンジル基・アセタール系保護基などは安定であり、これらの保護基存在下でも選択的にノシル基だけを切断することが可能である。

また、Z基やベンジル基を脱保護する条件(接触還元)ではノシル基内のニトロ基が還元されてしまうが、酸性や塩基性など、その他の保護基の切断条件に対してはほとんど安定である。このため保護基として非常に有用性が高い。

(4)アルキル化
一級アミンをノシル化した誘導体o-O2N-C6H4SO2-NH-Rは、ニトロ基やスルホニル基の電子求引性により窒素についた水素原子の酸性が高まっている。このためハロゲン化アルキル-炭酸カリウム、光延反応などの条件で容易にアルキル化を受ける。ここでノシル基を切断すれば、収率よく二級アミンが得られる。他の方法では三級アミンができやすいため、この方法は二級アミン合成法として有用である。

(5) 類縁保護基
4-ニトロベンゼンスルホニル基は、ほぼ同様の反応性を持つ。ただし2-ニトロベンゼンスルホニル基の方が遥かに安価であるため、こちらが使われることが多い。2,4-ジニトロベンゼンスルホニル基は、チオールだけでなくアミン類によっても脱離が可能である。ただし安定性に欠けるため扱いにくく、長いステップの保護には向かない。

※何度か使いましたが、保護・脱保護とも穏和な条件で進行し、大変使いやすい保護基です。他の保護基との直交性が高く、多数の官能基を持つ化合物にも安心して使えるのが長所です。
なおこれとほぼ同じ内容をwikipediaに投稿しております。


 ☆注目の論文

・全合成

 Synthesis of Eudistomin C and E: Improved Preparation of the Indole Unit
Hiroaki Yamagishi, Koji Matsumoto, Kotaro Iwasaki, Tohru Miyazaki, Satoshi Yokoshima, Hidetoshi Tokuyama, and Tohru Fukuyama
Org. Lett. ASAP DOI:
10.1021/ol800527p

 N-O-C-Sという変な結合を持つ7員環を含むアルカロイドの全合成。インドールの合成法っていくつあるんだろう……。

 Total Sythesis of (±)-Actinophyllic Acid
Connor L. Martin, Larry E. Overman, and Jason M. Rohde
J. Am. Chem. Soc. ASAP DOI:
10.1021/ja803158y

 同じくインドールアルカロイド。8段階8%にて完成。定番のOverman転位はともかく、その前が思いつかない。

 Total Synthesis of Siomycin A: Construction of Synthetic Segments
Tomonori Mori, Shuhei Higashibayashi, Taiji Goto, Mitsunori Kohno, Yukiko Satouchi, Kazuyuki Shinko, Kengo Suzuki, Shunya Suzuki, Hiraku Tohmiya, Kimiko Hashimoto, Masaya Nakata
Chem. Asian. J. Early View DOI: 10.1002/asia.200800032

 Total Synthesis of Siomycin A: Completion of the Total Synthesis (p 1013-1025)
Tomonori Mori, Shuhei Higashibayashi, Taiji Goto, Mitsunori Kohno, Yukiko Satouchi, Kazuyuki Shinko, Kengo Suzuki, Shunya Suzuki, Hiraku Tohmiya, Kimiko Hashimoto, Masaya Nakata
Chem. Asian. J. Early View DOI: 10.1002/asia.200800033

 抗生物質シオマイシンの全合成。もう構造式を見ただけでうひゃーとなります。いろいろ参考になる反応が多いです。

・反応
今回はクロスカップリング3連発。

 A General and Efficient Method for the Suzuki-Miyaura Coupling of 2-Pyridyl Nucleophiles
Kelvin L. Billingsley and Stephen L. Buchwald
Angew. Chem. Int. Ed. Early View DOI: 10.1002/anie.200801465

 2-ピリジンホウ酸を使った鈴木-宮浦カップリングはえてしてあまりうまく行かないのですが、ホスフィンオキシド類をリガンドに使い、ボレートと組み合わせるとうまく行くという話。製薬会社的においしい話では。

 Oxidative Cross-Coupling of Arenes Induced by Single-Electron Transfer Leading to Biaryls by Use of Organoiodine(III) Oxidants
Toshifumi Dohi,, Motoki Ito, Koji Morimoto, Minako Iwata, Yasuyuki Kita
Angew. Chem. Int. Ed. Early View DOI:10.1002/anie.200704495

 ハロゲンも金属もない芳香環同士が、パラジウムなしにクロスカップリングする(Ar-H + Ar'-H → Ar-Ar')という、エイプリルフールじゃないのか的反応。クロスカップリングはどこまで進化するのか。

 Nickel-Catalyzed Cross-Coupling of Aryl Methyl Ethers with Aryl Boronic Esters
Mamoru Tobisu, Toshiaki Shimasaki, Naoto Chatani
Angew. Chem. Int. Ed. Early View DOI: 10.1002/anie.200801447

 こちらはAr-OMeとAr'-B(OR)2がニッケル触媒でクロスカップリングして、Ar-Ar'が得られる。本当に進歩が速いですね、この分野。

・超分子

Toroidal Nanoobjects from Rosette Assemblies of Melamine-Linked Oligo(p-phenyleneethynylene)s and Cyanurates
Shiki Yagai, Sankarapillai Mahesh, Yoshihiro Kikkawa, Kanako Unoike, Takashi Karatsu,, Akihide Kitamura, Ayyappanpillai Ajayaghosh
Angew. Chem. Int. Ed. Early View DOI:10.1002/anie.200800417

 メラミン骨格に剛直な棒状分子を2つ付けたものを自己集合させ、ドーナツ型を創る。こういう研究は個人的に大好きです。

※興味深い論文などありましたら、こちらより情報をお寄せいただければ幸いです。反応・全合成の他、医薬品合成・超分子・材料・天然物化学などなど何でも結構です。


 ☆安全な実験のために

 今回はジアゾ化合物について。

アラキドン酸(下図)のナトリウム塩100mg入りのアンプルを-20度でデシケーター中保存していた。この試薬を取り出して秤量し、元に戻しておいたところ、数分後にデシケーター内で爆発した。

アリル位はラジカルが発生しやすく、空気中の酸素と反応して過酸化物を生じます。アラキドン酸のように1,4-ジエン構造を持った化合物ではさらに強くラジカルが安定化されるため、特に過酸化物ができやすくなります(生体内でも同じ反応が起こり、脂質過酸化物を生じます)。盲点になりやすいですが、気をつけて取り扱うべきです。

(参考:有機化学実験の事故・危険―事例に学ぶ身の守り方 p.56より)


 ☆館長の本棚

 有機典型元素化学(秋葉欣哉著・講談社サイエンティフィク、\3200)

 アルカリ金属からハロゲンに至るまで、典型元素のケミストリーがコンパクトに一冊にまとまっています。Wittig反応やDess-Martin試薬から重原子の多重結合などまで多彩な化合物が取り上げられており、専門外の人が見てもいろいろとヒントを得られそうな本であると思います。


 ☆編集後記

 科学雑誌なんかを見ていると、京大・山中教授の開発したiPS細胞の話題一色です。まあ近い将来間違いなくノーベル賞なんでしょうね、あれは。衝撃度は10年前のクローン羊ドリーに匹敵するんじゃないでしょうか。ドリーは倫理面など問題が多く世界が戸惑いましたが、今回は歓迎ムード一色ですし。
 さて化学領域でiPS細胞に匹敵するような研究はありうるでしょうか。ガンの特効薬か、エネルギー問題を一発で解決するような発明か。何か考えてみたいですね。

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