☆カリックスアレン・変幻自在の分子の杯(2)

 前項ではカリックスアレンを基礎とした誘導体のいろいろを見てきました。今回はカリックスアレンの骨格自体が変化した分子を紹介しましょう。

 カリックスアレンはフェノール単位と、橋かけの炭素原子から成っています。最近になってこのフェノール環をピロール(下左図、窒素を含む5員環)に置き換えた「カリックスピロール」、橋かけが炭素ではなく硫黄になった「チアカリックスアレン」といったバリエーションも開発されており、それぞれにホスト分子としての性質が研究されています。

calix[4]pyrrole, thiacalix[4]arene

 中でもフェノールをレゾルシノール(1,3-ジヒドロキシベンゼン)に置き換えた「カリックスレゾルシンアレン」(上左)は8つの水酸基が上方に向かって伸びており、本家とは違う性質、加工性を持つことで注目を集めています。

レゾルシノール(左)とカリックスレゾルシンアレン(右)

 レゾルシンアレンの骨格は堅固で、しかもその水酸基は全て効率よく水素結合に参加できますので、やはり水酸基をたくさん持つ糖とは非常にしっかりと結合します。このため水には溶けやすいが油(有機溶媒)には溶けにくい糖を、有機層に引き連れてくるという芸当が可能です。

糖(緑色)と結合したレゾルシンアレン(茶色)

 レゾルシンアレン同士もまた水素結合でしっかりと結びつき、立方体や三角柱などの形に自己集合することが知られています(Nature 389, 469 (1997)など)。このあたりは本家カリックスアレンにはまねのできない芸当です。

 8つの水酸基を利用した分子構築も盛んに行われています。例えばCramらは水酸基同士を炭素でさらに橋かけして、丈夫な筒状分子を作り出しています。これを彼らは「cavity(空洞)」という言葉からとって「キャビタンド」と名付けています。

Cramのキャビタンド

 お椀かボウルのような形をしたキャビタンドを2つ上下に重ね合わせれば、内部に空間を持つ球状分子ができるはずです。Cramらはこうした分子も合成しており、これらはカルセランド(carcerand、「牢獄」という意味のラテン語より)と名付けられています。

カルセランド分子

 カルセランドの横腹にはかなり大きな隙間があるように見えますが、実際にはこの穴は水分子がやっと通れる程度の大きさです。従って上下のキャビタンド同士を結合させるときに中に入ってしまった溶媒などの小分子は、カルセランド分子を破壊しない限り取り出すことはできません。「牢獄分子」の名のゆえんです。

 カルセランドの上下を結ぶ4つの腕のうち、ひとつがなくなったものが「ヘミカルセランド(hemicarcerand)」です(写真下)。本家カルセランドより穴が大きいため、熱を加えてやると中に取り込まれた分子は適当な大きさの外の分子と入れ替わることができます。いわばこちらはやや自由の利く、「半牢獄分子」というところでしょうか(ちなみに「hemi」という接頭語は「セミプロ」や「セミロング」の「semi」と同じで、「半分」という意味があります)。

ヘミカルセランド分子

 とはいえヘミカルセランド分子の中は、基本的に外界と遮断された孤立空間です。実はこの「牢獄」こそが、新しい化学の世界を作り出す舞台として注目を集めているのです。

 シクロブタジエンという分子があります。下に示すような単純な構造ですが、ひずみが大きい上に、環の中の電子が互いに反発し合うため非常に不安定な化合物です。多くの化学者の挑戦にも関わらずシクロブタジエンそのものの合成に成功した者はなく、「有機化学のモナ=リザ」とまで呼ばれている存在です。

cyclobutadiene

 正確に言えば、一瞬だけならシクロブタジエンを合成することは可能です。α-ピロンという分子に光を当てて分解すると、シクロブタジエン(と二酸化炭素)が発生することは以前から知られていました。しかしせっかく生成したシクロブタジエンはできたそばから自分同士でくっつき合って別の分子になってしまい、安定に取り出すことができないのです(シクロブタンの項参照)。

α-pyroneの分解によりシクロブタジエンが生成する(下の絵に続く)。

が、2分子が反応してくっついてしまう。

 シクロブタジエン同士が反応して潰れてしまうなら、お互いがぶつかり合わないよう隔離してしまえばいいはずです。そこでCramらは壊れやすいシクロブタジエンを保護するための「箱」として、ヘミカルセランドを使おうと考えついたのです。

 Cramらはα-ピロンをヘミカルセランドとともに加熱して中に取り込み、そこに光を当てて分解することで初めてシクロブタジエンを直接観測することに成功しました。酸素ガスさえ絶っておけば、シクロブタジエンはヘミカルセランド内で1ヶ月以上安定に保存しておくことが可能です。いわば、ここに初めて「1分子だけを入れて反応を行えるフラスコ」が実現したというわけです。

 その後Warmuthらは、それまで不安定な中間体として存在が想定されていた分子(o-ベンザインやシクロヘプタテトラエンなど)を、この方法を用いて発生させることに成功しています。「分子フラスコ」は今や、不安定分子を直接観察する有力な手段に成長したといっていいでしょう。

o-benzyneと1,3,5,6-cycloheptatetraene

 カリックスアレンを基盤としたカプセル分子という発想はその後Rebekや新海らに受け継がれ、さらなる発展を見せています。これに限らずカリックスアレンはいろいろな形で利用され、多くの学会誌に毎号のように登場するようになっており、このあたりは機会があればまた別の項で紹介したいと思います。プラスチックの副産物から生まれた超分子化学の主役は、これからもまだまだ成長を続けていきそうです。

 

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