☆アミノ酸・ペプチド・タンパク質(1)

 2002年度ノーベル化学賞が、島津製作所の田中耕一氏を含む3名に授与されたのはみなさんご存知だと思います。彼らの受賞理由は「タンパク質の解析に大きな貢献があった」というものでした。ではタンパク質を解析する測定機器を開発したことが、なぜノーベル賞に値するほどの大きな成果とされるのでしょうか?

 普通思い浮かべる「タンパク質」のイメージといえば、「肉や魚、卵などに含まれる栄養素の一つ」といったものでしょう。しかしこれはタンパク質のほんの一面でしかありません。実のところタンパク質とは、我々生物の体を動かすためのありとあらゆる機能を受け持つ、極めて精妙な分子機械なのです。ある意味で、生命の機能を解き明かすということは、タンパク質の機能を解き明かすことだと言ってしまっても決して過言ではありません。

 タンパク質の果たす役割はまさに種々雑多で、ひとつひとつ非常に細かく仕事の割り振りが決められています。たとえば骨や筋肉を形作り体を支えるもの、食物を消化分解するもの、糖やホルモンなど体に必要な分子を合成するもの、血液の中で酸素を運ぶもの、侵入してきた細菌などの外敵を退治するもの、果ては他のタンパクを決められた形に折り畳んだり、傷ついたDNAを修復したりなど、信じられないほど器用な芸当をしてみせるタンパクさえあります。

 現在遺伝子をめぐる科学が大きな注目を集めていますが、遺伝子というのは要するにタンパク質の設計図です。2001年にヒトゲノムが全て解読されたことが大きなニュースとして伝えられましたが、これはすなわち「ヒトが生きていくためにはどんなタンパクが必要であるのか」という問題の、基本的な部分が解き明かされた、ということに他なりません。英語の「protein」の語源は「第一の物」を意味するギリシア語ですが、タンパク質はまさにその名にふさわしく、我々の生命を支え、形作っている化合物群なのです。


 ではそのタンパクとは具体的にどんな化合物なのでしょうか。実はその構成は意外なほど単純で、20種類のアミノ酸(アミノ基とカルボン酸を分子内に持った化合物)がずらりと一列につながっただけの構造です。場合によっては金属原子や糖、リン酸などのパーツがついていたりすることもありますが、基本的にはどんなタンパクも分解すればただのアミノ酸の集まりです。たった26のアルファベットの組み合わせだけでありとあらゆる事柄を書き表わすことができるように、生命の基本的な機能はわずか20種類の部品の組み合わせに還元することができるのです。

 部品となるアミノ酸の構造は下のようなものです。20種のアミノ酸で赤枠に囲った部分の構造は共通であり、青枠内の構造(側鎖といいます)によってその性質が決まります。ちなみに下のアミノ酸は20種のうちのひとつで、フェニルアラニンと呼ばれるものです。

phenylalanin

 2つのアミノ酸がくっつくのは「脱水縮合」という反応によります。下のようにアミノ基の水素が一つと、カルボキシル基の水酸基が一つ取れて(合わせて水分子一つ分が取れることになります)アミノ酸同士が結合します。通称「ペプチド結合」と呼ばれ、なかなか切断されない安定で丈夫な結合です。

アスパラギン酸とフェニルアラニンとが結合したところ。

 こうして貨物列車のようにずらずらとアミノ酸の鎖が並んだものが、ペプチドあるいはタンパク質ということになります。ちなみに上の化合物のメチルエステルになったものが有名な甘味料アスパルテームで、最も簡単なペプチドの一種ということになります。

 もうひとつペプチドの例を挙げておきましょう。下の化合物は脳内麻薬として知られるMet-エンケファリンというペプチドで、5つのアミノ酸がつながってできています。この配列はきわめて厳密で、別のアミノ酸が入り込んだり、並ぶ順番が変わったりすると脳内麻薬としての活性は全くなくなってしまいます(注:右端のアミノ酸がロイシンに変わったものはLeu-エンケファリンと呼ばれ、同等の活性があります)。

Met-enkephalin

 ペプチドとタンパク質の間に明確な区別はありませんが、慣例としてだいたいアミノ酸の数が100個以上のものをタンパクと呼んでいます。一例として、アミノ酸508個から成るアルコールデヒドロゲナーゼという酵素を挙げておきましょう。お酒を飲んだ時に肝臓の中でアルコールを処理する役回りの酵素で、ご覧の通りぱっと見には何がどうなっているのかわからないくらいの巨大分子です。

alcoholdehydrogenase。赤い点々は水分子。

 といってもタンパク鎖はスパゲッティのようにただめちゃくちゃにからまっているわけではなく、水素結合などの力によってきちんと一定の構造が保たれています。形を保つにはある程度の分子の大きさが必要で、これによって初めて小さなペプチドにはなかった機能が発揮されることにもなります。先に述べたペプチドとタンパクの区別は、このあたりに由来するものです。

 個々のアミノ酸の個性、ペプチドの体内での働き、驚くほど精妙なタンパク質のしくみなど、次回から順を追ってじっくりと解説していきましょう。

 

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