2010年、薬の進化が止まる日
 (「新潮45」2010年2月号掲載)

 去る2005年が「世界物理年」、そして2009年が「世界天文年」であったことをご存知だろうか。それぞれ、アインシュタインによる特殊相対性理論発表100周年、ガリレオ・ガリレイによる天体観測400周年を記念したものだ。
もしこれに倣うなら、今年2010年は「世界医薬年」に指定すべき年といえよう。ドイツの細菌学者パウル・エールリッヒと、その弟子秦佐八郎によって梅毒の特効薬「サルバルサン」が開発されてから、今年はちょうど100年目に当たるのだ。天然に存在しない化合物をデザイン・人工合成し、試行錯誤を繰り返しながら医薬を見つけ出すという彼らの手法は、現代まで続く創薬技術の原点となった。この間、感染症や高血圧、各種精神疾患などあらゆるジャンルの医薬が開発され、人々の生活を大きく変えたことはご存知の通りだ。そしてサルバルサンから一世紀を経て、医薬品産業は78兆円市場という巨大産業に成長した。

 しかし、この記念すべき年である2010年は、皮肉なことに医薬品業界にとって大きな正念場の年になろうとしている。現在の医薬品産業を支える大型製品群が、今年をピークに次々と特許切れを迎え、製薬企業各社は崩落の危機に瀕しているのだ。これが昨今経済誌を賑わす「2010年問題」に他ならない。
 現在医薬品業界は巨大な利益を挙げているが、売り上げをもたらしているいくつかの医薬の特許が切れてしまえば、ほぼ瞬間的にその利益は消滅する。例えば国内最大手・武田薬品工業は、約一兆五千億円という総売上のうちたった三製品がほぼ一兆円を稼ぎ出しており、これらは2012年までに全て特許切れとなる。

これはひとり武田だけの問題ではない。米ファイザーのリピトール(高脂血症治療薬)、英グラクソスミスクラインのパキシル(抗鬱剤)、アステラスのハルナール(前立腺肥大治療薬)・プログラフ(免疫抑制剤)、第一三共のクラビット(抗菌剤)、エーザイのアリセプト(認知症改善薬)などなど、各企業の屋台骨を支える大型医薬は、いずれも2010年前後に枕を並べて特許満了を迎えるのだ。世界の製薬企業は一斉に数千人単位のリストラに走り、それぞれに合従連衡・方針転換に走るなど、必死の対策に追われている。
医薬品企業は長らく安定した利益を上げ続けてきた。しかしその基礎は見方によれば極めて脆弱で、巨大企業が一夜にして危機に追い込まれる可能性を常にはらんでいる。これは、医薬品産業が宿命的に持つ、次の三つの特殊性に由来する。
 (1)新薬創出の難しさ
 (2)少品種で巨大な利益を確保
 (3)特許切れによる売り上げ激減

それぞれについて、以下に述べてゆこう。

 どの産業であれ、新たな機能や魅力を付加した新製品を開発し、次々に世に問うことは全く当然のことだ。ところが医薬品産業においては、たった一つの新製品を作り出すことが極度に難しい。医薬品は他の製品と異なり、患者を対象とした厳密な臨床試験を行い、その膨大なデータに基づいて有効性・安全性を科学的に立証し、政府機関の承認を受ける必要があるからだ。
研究所で生み出された無数の化合物のうち、臨床試験を行う段階まで到達するのは数千分の一、そして医薬として認可されるのは約二万分の一という統計がある。しかし近年ではとても二万分の一では済まず、実際のところは十万分の一以下ではないかというのが現場の実感だ。

 研究所で医薬候補化合物が生み出され、臨床試験の場を経て承認を受け、病因で患者に処方されるようになるまでには、約15年の歳月と、数百億円の開発費用を必要とする。そしてこの数字は、年々増加傾向にあるのが現状だ。近年では、世界で認可される新薬(新たに医薬品として承認を受けた新規構造化合物)は、年間僅か20品目に満たない。大げさではなく、今や医薬をひとつ創り出すのは、人類のあらゆる事業のうち最も難しいものの一つになってしまっているのだ。
 製薬業界は、新製品を出すのは極端に難しいが、一発当てれば膨大な利益を稼ぎ出せる世界でもある。現在最大の売り上げを誇る医薬は前述のリピトールで、その売り上げはピーク時年間1兆6000億円にも上った。トヨタ・プリウスの売り上げは世界で年間3000億円程度と思われるが、これ以上に売れている医薬は30品目以上存在している。

 このため多くの医薬品企業は、ごく少数の製品に売り上げの大半を依存している。世界最大手のファイザーでさえ売り上げの三割近くをリピトールに頼っているし、塩野義製薬にいたっては利益の七四%をクレストール(高脂血症治療薬)たった一剤が稼ぎ出している。他のメーカーでも、数本の柱で巨体を支える構図は基本的に変わりない。つまり製薬企業は、たった一製品を失うだけでも経営が大きく傾くという事態が起こりうるのだ。

 また新薬の開発は偶然に左右される度合いが大きく、戦略を立ててみてもその通りに運ぶものではない。
 例えば有名なバイアグラは、もともと狭心症治療薬として開発されていたものが、臨床試験中に勃起を促す作用が見つかり、ED治療薬へ方針を変更して大成功を収めた。逆に有力と見られた候補化合物が、臨床試験でまるで効果を示さないことも全く珍しいことではない。生命科学の最前線で製品開発を行っている医薬品の世界では、こうした不確実性は避けようがない。

 株式の世界では医薬品企業は「ディフェンシブ銘柄」と呼ばれ、景気などの影響を受けにくい手堅い企業というイメージを持たれている。しかし実際には、これほどギャンブル性が高く、リスキーな分野は他にないといってもよい。

 ・なぜ新薬は生まれなくなったか
 企業による発明は特許によって保護され、一定期間他社との競合なしに独占販売して利益を確保することができる。当然、特許はあらゆる産業にとって重要だ。しかし例えば自動車部品の特許は、製品の競争力強化にいくらかは役立つという程度であり、特許一つが製品全体の売り上げを決定づけるわけではない。
 ところが医薬品産業は、実質上たった一つの特許が一製品を守っている。そしてそのもたらす売り上げは前述の通り莫大だから、特許戦略を一つ誤ることが社の命運に直結してしまう危うさがある。医薬品産業こそは、まさに特許の産業なのだ。
 特許は通常申請日から20年間有効だが、前述の通り医薬品は開発に時間が15年ほどもかかるため、申請によって5年間延長することが認められる。しかしこの期間が過ぎてしまえば、他社が自由に同じ構造の医薬を製造することが可能になる。これがいわゆるジェネリック医薬で、数百億円にも上る臨床試験費用の負担がないから、オリジナル(先発品と呼ばれる)の2〜7割引前後の低価格で販売することが可能になる。

ジェネリック医薬は消費者にとってはありがたいものだが、多くの苦労と巨大なリスクを乗り越えて新薬を開発してきた先発品メーカーにとっては、実に忌々しい存在だ。しかし、特に世界最大の市場であるアメリカでは、先発品は特許が切れた途端、あっという間にジェネリックにシェアを食われてしまう。日本ではまだ欧米ほど急速な落ち込み方は見られないが、薬価抑制のかけ声に乗ってジェネリックへの切り替え圧力は強まっており、今後特許切れによる影響はさらに拡大すると見られる。

・新薬の「沈黙の春」
 とはいえ、医薬品の特許が切れるのは何も今始まったことではない。今までは大型医薬がジェネリックに置き換わっても、先発品メーカーはそれに代わる新薬を次々に生み出し、利益を補填するサイクルが成立していた。2010年問題の本質は大型医薬品の特許が切れることではなく、その穴を埋める新薬が登場しなくなった点にある。

 科学の進歩は急速であり、生命に対する理解は年々深まり続けている。にもかかわらず、新薬が生まれなくなったのはなぜなのだろうか。理由は単純ではなく、いくつもの要因が複合的に作用していると考えられる。
第一の原因は、要するに医薬が治すべき病気が種切れになったことだ。人類を長く悩ませてきた細菌感染症は、ペニシリンなどの抗生物質によってほぼ制圧されたし、脳梗塞や心血管障害などの死亡率の高い病気は、降圧剤の進歩でかなりコントロールできるようになった。その他、メカニズムが比較的単純で医薬で治しやすい病気には、完成度の高い薬がほぼ出揃ってしまったのだ。未解決の疾患はガンやアルツハイマー症、各種自己免疫疾患といった、治療が難しいものばかりになってしまっている。
 また90年代から世界の製薬企業は、急速に膨張した研究開発資金を調達するため、合併を繰り返して急速に巨大化した。例えば世界最大手のファイザーは数度にわたる買収の末、20年で売り上げ規模を16倍に拡大している。
しかしこうした合併劇は、創薬という面からはむしろマイナスの影響があったようにも思える。巨大企業を支えるには、年商100億円前後の「小粒な」薬では腹の足しにならない。大きな売り上げを見込める、糖尿病などの患者数が多い慢性疾患ばかりを狙いに行った結果、失敗が相次いだのだ。製薬企業はその巨体を支えるためホームラン狙いに走り、フォームを崩して空振りを重ねてしまったといえる。

 ・安全性試験の厳格化
医薬品は体力が低下している患者が服用するものだ。このため高い安全性が求められ、厳重な試験が課されている。それでも人体は現代科学の水準を超えて複雑であり、時に痛ましい副作用事件が起きてしまう。そのたび規制はさらに強化されるという繰り返しで、現代の医薬は昔よりはるかに厳しい安全基準をクリアしなければならなくなっている。一説には、なじみ深いアスピリンやインドメタシンなどの鎮痛剤も、現代の基準であれば認可を受けることはないともいわれる。

こうした傾向にとどめを刺したのが、2004年に発生したバイオックス事件だ。日本ではこの薬は未発売であったためあまりこの件は知られていないが、アメリカでは大規模な薬害として大きな社会問題となった。
バイオックスは米メルク社が開発した消炎鎮痛剤で、アスピリンから胃痛などの副作用を除いた安全な薬として喧伝され、年商25億ドルという大ヒット商品となった。しかしこの安全であったはずのバイオックスに、心臓疾患を引き起こすという重大な副作用が発覚したのだ。発売元メルク社を相手取った訴訟は2万7千件にも及び、和解金は48億ドルにも上った。株価も大幅に下落し、超優良企業であったメルクは一挙に苦況に追い込まれることとなった。

この事件以来、米国では医薬に対する世論が一挙に厳しくなった。既存の医薬のいくつかが副作用の疑いで発売中止に追い込まれ、あるいは売り上げを大きく落とした。この中には糖尿病治療薬アバンディア、喘息治療薬シングレア、消炎鎮痛剤ベクストラなど、年間売り上げが3000億円を超えた大型医薬も含まれる。
さらに、新薬開発の運命を握る臨床試験も、この事件を受けて審査が厳しくなった。稀な副作用をあぶり出すため、今までの数倍もの患者でデータを取ることを要求されるようになり、メーカーの金銭的・時間的負担は激増した。またデータの増加のため、審査に要する時間も大幅に延びている。これはそのまま独占販売期間の短縮につながるから、メーカーの利益は大幅に圧縮されてしまうことになる。臨床試験の費用を回収しきれないため、本来世に出るべき有力な医薬品候補を泣く泣く諦めざるを得なくなるケースさえ出ている。
こうした流れもあり、近年では研究所でも早い段階で副作用の疑いがある化合物を検出し、切り捨てる技術が進歩している。各種の潜在的危険性は早期に検査が可能になり、臨床試験に入る前にふるい落としてしまうことが可能になった。
これは憎むべき副作用を追放し、理想的な医薬品を生み出すための素晴らしい進歩に思える。だがことはそう簡単ではない。

・ゼロリスク志向の中で
副作用の全くない医薬品は、残念ながらこの世に存在しない。医薬品が、極めて複雑で精密な生命作用の根幹に触れるものである以上、よい影響だけを引き出すということは原理的に不可能だ。まして患者にはそれぞれ病状・体質・人種・性別などの差異があり、効能も副作用もばらつきは避けられない。
例えば、ある種の降圧剤は空咳が出るという副作用があるが、高血圧による脳卒中や心疾患発生の危険に比べて十分リスクが小さいと見れば、これを服用すべきということになる。空咳があまりに苦しく、日常生活に差し障るとなれば、体質に合った他のタイプの薬に切り替える必要が出てくるだろう。
このように、医薬というものは完璧ということはありえず、うまく治療効果との折り合いをつけながら付き合っていくべき性質のものだ。もちろん医薬は生命に直結するものだから、極めてハイレベルの安全管理が必要ではある。しかしリスクばかりに目を奪われてただひたすらにこれを排除しようとすれば、真に人を救える薬さえ命脈を絶たれる事態になりかねない。

しかしマスコミやネットの発達はえてしてネガティブな情報の流通を促し、危険性ばかりが煽られる傾向にある。例えばインフルエンザ治療薬タミフルは異常行動という「副作用」が大きく騒がれたが、実のところこうした症状はインフルエンザ単独でも起こる。タミフルがその頻度を上げるかどうか詳細な調査が行われたが、統計の取り方でどうとでも解釈できる程度の差しか出ておらず、はっきりした結果は出ていない。そしてタミフル服用後に異常行動で亡くなった人の割合は、実際には僅か200万分の1であった。にも関わらずタミフルは激烈なバッシングを受け、承認取り消しさえ論議されることになったのは記憶に新しい。
こうした、実際にはありえない「ゼロリスク」を目指す傾向は、何も医薬に限ったことではない。犯罪件数は減少しているにもかかわらず刑罰の厳罰化が進み、ごく少数の問題教員のためにコストと時間を要する教員免許更新が課され、たった数件のクレームに脅えてテレビ番組が打ち切られる。ごく小さなリスクにすくみ上がり、その排除に費やす莫大なコストが現在の不況の一因ともなっている――というのは、うがった見方過ぎるだろうか。

・次世代への波
ともあれ、今まで我が世の春を謳歌してきた製薬企業は、ここに来て突然のつまずきを経験することとなった。各社は現在、必死に手探りで新たな方向を目指し始めている。
海外企業のいくつかは、ワクチン事業に力を入れ始めた。また第一三共やファイザーのように、大手のプライドをかなぐり捨ててジェネリックに参入するところも出ている。これらは利幅が小さいが、他に取られるくらいなら先にやってしまおうという、必死の生き残り策とも見える。また、巨大企業同士が提携して小規模の合弁会社を作り、有望分野の薬を集中開発するといった、今まででは考えられなかった動きも出てきている。

しかし今何といっても有力視されているのは、抗体医薬と呼ばれる新しいタイプの薬だ。今までのような化学合成によって作る化合物ではなく、生体の免疫反応を利用して作らせた「抗体」と呼ばれるタンパク質を医薬として利用しようというものだ。リウマチや一部のガンに対して著効を示すものが見つかっており、年商60億ドルを超える大型製品も登場した。
さらに抗体医薬は安全性が高く、臨床試験の通過確率は旧来の低分子医薬に比べて数倍高い。このため製薬各社は技術を持つベンチャーを買収し、抗体医薬への乗り換えを必死に進めている最中だ。

だが、抗体医薬も絶対の切り札ではない。その性質上適用できる疾患が少ないから、案外早く鉱脈を掘り尽くしてしまう可能性もある。20年後にこの業界を制しているのは、ポスト抗体医薬――例えばiPS細胞による再生医療――にいち早く成功したところかもしれない。どの戦略が勝ち残り、どの企業が次代を制するか。ここ数年が、製薬企業各社にとって真の正念場となる。

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