国道152号線を行く〜その4〜

 というわけでえらく時間のかかったR152編もようやく最終回。今回は水窪(みさくぼ)から浜松までを駆け下りる。

 しんどかった青崩峠を越えてしばらく下ると、水窪町の中心市街地が忽然と出現する。こんなところにこんな街が!と一瞬驚くが、今までが今までだっただけに非常に都会に見えるというのもあるかもしれない。

しかし水窪の山奥の方はやはり凄いところで、毎年夏の終わりごろ「ドーン」という音とともに、今までなかった大きな池が忽然と出現する場所があるんだそうである(以前「余談の森」でも触れた)。人里からあまりに離れているため目撃者がなく、原因はいまだに不明らしい。いったいどういうところなんだという感じだが、日本にもまだこんな秘境が現存しているのである。

 さてR152と並んで、山奥の町水窪のライフラインとなっているのがJR飯田線である。何でもローカル線ファンには人気の路線らしく、まあ確かに実に実にのどかな路線だ。もうちょい北に行くと日本最小の村・愛知県富山村へもアクセスできるということで、こちらもいつか訪れてみたいところだ。


町内の向市場駅。もちろん単線、もちろん無人。

 以下淡々とR152を下る。このあたりも以前は蛇行する川に沿う真剣に情けない道であったが、最近はショートカットのトンネルが造られるなどだいぶ整備が進んできた。特別目を引く観光地があるわけでもないが、水量豊かな天竜川と木々の緑を横目にゆっくりとドライブするのはなかなかぜいたくな楽しみである。


なんか中国の水墨画みたいな光景。仙人が出てきそうだ。

 R152からは途中R362・473や、いくつかの県道が分岐していく。このひとつ、静岡県道360号に分け入ってすぐのところにあるのがこれ↓である。「JAFメイト」なんかにも登場したことがある、ちょっと有名な看板である。


ここはいったいどこなんだよ!と叫びたくなるような「月3km」の標識。

 この「月」という集落名は平家の落人が世を忍んで隠れ住んだためこう名付けられたらしく(うろ覚え)、愛知県東栄町にも同じ地名が存在している。秘境に付き物の平家落人伝説ついに登場といった有様である。

 

 天竜市内に入り、高遠町以来のコンビニが出現する。ここまでずっとろくな食べ物屋もなかったので、思わず嬉しくなっておにぎりとお茶をゲット。全国どこへ行っても同じものを並べている、画一的な日本文化の象徴のようなコンビニエンスストアであるが、今回ばかりは文明の光が目にまぶしい。ああ人里に帰ってきたなあ、となんだか安心する。

 天竜市から浜北市に下ってくるともうすっかり都会だ。地図で見ると青崩から浜北までは約60km、秘境から都会まで案外近いというべきか、ずいぶんあるというべきなのか。ちなみにこのあたりは第2東名が建設される予定地であり、接続するR152も手回しよく4車線のバイパスが作られている。静岡県内の第2東名の建設ペースは凄いもので、なんとか改革で潰される前に既成事実を作ってしまおうとしているようにも見える、というのはうがった見方だろうか。


浜北市内。なんかトラックでもぶつかったのだろうか。

 4車線バイパスは快調に流れ、浜松に入るとついに6車線に拡大する。来てみて初めて知ったが浜松は人口約60万、ケチな県庁所在地3つ分の大都市である。R152はその大都市のメインストリートにまで昇格するわけで、あの青崩峠はいったい何だったんだよと言いたくなるような変貌ぶりである。こうして見るとR152は日本一道のグレードの落差の激しい国道なのではないだろうか。


浜松市街。僕は大都会の幹線道路ですが何か?といった顔をしている。

 浜松市役所付近まで来て、R152はカクンと左に折れ曲がる。ここまでほぼ直線的に南下を続けてきたR152は、最後の最後まで来て東に進路を取る。地図を見て推察するに、この東進区間はおそらく旧国道1号だったのだろうと思われる。

 最後、R152は浜松の郊外を横断し、R1浜松バイパスに突き当たって終わる。実際の距離以上に長い長い旅であった。起点同様渋滞する市街地には、途中の難所をしのばせるものは何もない。


渋滞する浜松市街。緑色の高架が国道1号。


 さて東海方面から長野に向かう国道としては、R152の他にもR151(愛知県豊橋市〜長野県飯田市)、R153(愛知県名古屋市〜長野県塩尻市)という、いわば兄弟分の国道がある。R151には多少細い区間があるもののおおむね改良済みであり、R153に至っては途中で中央道が併走することもあって極めて快適な幹線道路となっている。同じ100番台の国道でありながらよくもこんなに格差がついたものだと思うが、まあ途中の人口が少なく、工事も難しいR152には整備費用が回らず、道路の進化にひとりだけ取り残されてしまったのだろう。  

 ところで今から30年ほども前の道路地図を見ると、現在に比べてその道路状況のひどさには愕然とさせられる。2桁の幹線国道でさえ舗装されていない部分が多く残っており、地方の国道に至っては対向さえ難しい区間がほとんどといっていい。そんな状態から脱却するため必死で道路を作り、気がついてみればもう十分なのに勢いが止まらなくなっていらん道路を作り続けている−−というのが今の日本の状況なのだと思う。

 R152はそんな昔の国道が手つかずのまま凍結保存された、国道界のタイムカプセルのような道なのだと思う。特に分杭峠以南の長野県内の風景はそのまま昔の日本といった趣で、「時の止まった国道」「忘れられた国道」と呼ぶにふさわしい。青崩峠に至っては数百年もあの状態を保っているわけで、もはや遺産を超えて遺跡のような道路である。

 どこか懐かしくどこかうら寂しい、R152には俗化されていない本物の日本の原風景が残っている。人で溢れ返った観光地を巡るのに飽きたら、一度はこの忘れられた国道を訪れてみるのもいいかもしれないと思う。

 

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