〜〜メルマガ有機化学〜〜

 2008年第7号 もくじ

1.今週の反応・試薬 2.注目の論文 3.安全な実験のために 4..殿堂入り名論文・迷論文 5.館長の本棚 6.編集後記

・有機化学美術館更新情報:本館に「ポリエチレンの物語(3)」、分館に「有機物と無機物のあいだ」。


 ☆今週の反応・試薬 〜 Tebbe試薬

 1978年F.N.Tebbeらは、チタノセンジクロリド(Cp2TiCl2)とトリメチルアルミニウム(AlMe3)から、チタンとアルミニウムが橋かけされた4員環構造を持つ錯体ができることを見出した。

この錯体はカルボニル化合物と反応し、メチレン化を行うことができる。立体障害の大きいものや、エノール化しやすい基質など、反応性が低くWittig反応でうまくいかないものもメチレン化できることがある。また多くの場合Wittig反応では不可能なエステル、アミド、チオールエステルなどとも反応し、対応するエノールエーテル・エナミン・ビニルスルフィドを与えるため合成的に利用価値が高い。

 ただし、Wittig反応と異なり、メチレン化以外はできない。またアルゴンなど不活性ガス雰囲気下で取り扱う必要がある。

※Tebbe試薬は市販されていますが、自分で作った方がキレイに進行するというのが友人の弁です。作り方、反応、参考文献などは英語版ウィキペディアに詳しく載っております。

F. N. Tebbe, G. W. Parshall and G. S. Reddy (1978). "Olefin homologation with titanium methylene compounds". J. Am. Chem. Soc. 100 (11): 3611-3613. doi:10.1021/ja00479a061.


 ☆注目の論文

 ・反応

Highly Efficient Organic Reactions on Water, in Water, and Both
Nelly Shapiro, Arkadi Vigalok
Angew. Chem. Int. Ed. Early Viiew  DOI:10.1002/anie.200705347

かさ高く脂溶性のアルデヒドと水のエマルジョンを空気中で撹拌するだけで、2時間でカルボン酸に酸化されるという「ええっ?ホント?」的論文。水でなくメタノールや塩化メチレンを使うと無反応、水-THF95:5でもダメ。要するにエマルジョンじゃないと反応しないらしいです。何で誰もこれに気づかなかったのか……。

Asymmetric Direct Amide Synthesis by Kinetic Amine Resolution: A Chiral Bifunctional Aminoboronic Acid Catalyzed Reaction between a Racemic Amine and an Achiral Carboxylic Acid
Kenny Arnold , Bryan Davies, Damien Herault,, Andrew Whiting
Angew. Chem. Int. Ed. Early Viiew  DOI:10.1002/anie.200705643

ホウ酸とベンズイミダゾールがフェロセンに結合した骨格の触媒を用いて、カルボン酸とアミンから直接アミドを合成。しかもラセミ体のアミンから一方を見分けて反応する(!)。まだeeは低いが、こんなこともできるのだなあと。

Photochemical Reactions as Key Steps in Organic Synthesis
Norbert Hoffmann
Chem. Rev. 108, 1052 - 1103 (2008) DOI:10.1021/cr0680336

光化学反応の最新の総説です。光化学反応は電子励起によって進む反応であるため、熱励起では起こせない反応を起こすことができます。例えば、熱反応では禁 制である[2+2]付加反応は光反応では許容である等々。本総説では光不斉反応等、最新の知見が豊富に散りばめられており、単純に反応式をながめるだけで も楽しい です(情報:ジェイクさん。毎度ありがとうございます)。

Scope of the Asymmetric Intramolecular Stetter Reaction Catalyzed by Chiral Nucleophilic Triazolinylidene Carbenes
Javier Read de Alaniz, Mark S. Kerr, Jennifer L. Moore, and Tomislav Rovis
J. Org. Chem. ASAP DOI:10.1021/jo702313f

 不斉Stetter反応を行うRovis触媒の設計。生成物の骨格は製薬会社向けには魅力的なんじゃないでしょうか。

 ・全合成

Total Synthesis of (+)-Pinnatoxin A
Stivala, C. E.; Zakarian, A.
J. Am. Chem. Soc. ASAP Article;  DOI: 10.1021/ja800435j

 難物の海洋アルカロイド、ピンナトキシン攻略に成功。四級不斉中心は不斉Ireland-Claisen転位でかっこよく作ってます。しかし著者名が教授と学生1人だけだけど、2人だけでこんなもんを合成しちまったんでしょうかね。ちょっと信じがたいですが。

 ・医薬

From Basic Science to Blockbuster Drug: The Discovery of Lyrica
Richard B. Silverman
Angew. Chem. Int. Ed. EarlyViiew DOI:10.1002/anie.200704280

神経因性疼痛・てんかんなどの治療薬Lyrica(pregabalin)の開発物語。しかしこんな簡単な構造の化合物が10億ドル以上売れていると思うと、薬ってのは一発当たるとでかいのだなあと改めて思わされます。

 ・その他

Complete Chemical Synthesis, Assembly, and Cloning of a Mycoplasma genitalium Genome
Daniel G. Gibson, Gwynedd A. Benders, Cynthia Andrews-Pfannkoch, Evgeniya A. Denisova, Holly Baden-Tillson, Jayshree Zaveri, Timothy B. Stockwell, Anushka Brownley, David W. Thomas, Mikkel A. Algire, Chuck Merryman, Lei Young, Vladimir N. Noskov, John I. Glass, J. Craig Venter, Clyde A. Hutchison, III, Hamilton O. Smith*

Science 319, 1215 - 1220 (2008) DOI: 10.1126/science.1151721

 DNA解読プロジェクトで名を上げたCraig Venterらが、今度は細菌のゲノム(582790塩基対)を完成。もはや人工生命の合成もあと一歩まで来ているようです。なんかいろいろ考えさせられる研究です。解説記事はこちら(WIRED VISION)。ちなみにVenterはこの合成ゲノムにお遊びも紛れ込ませていたようで、それはこちらに。

※興味深い論文などありましたら、こちらより情報をお寄せいただければ幸いです。反応・全合成の他、医薬品合成・超分子・材料・天然物化学などなど何でも結構です。


 ☆安全な実験のために

 今回は金属ナトリウムの扱いについて。

 ・教師が演示実験として水に豆粒大のナトリウム片を入れ、シリンダーで水素を捕集する実験を行っていたところ、突然爆発が起きて教師が手を負傷した。

 東京理科大で,、最近やはりナトリウムの事故があったということです。聞くところではナトリウムの塊を処理しようとして水に入れてしまったとのことで、実験者はかなり重い火傷を負ったようです。まさかナトリウムの危険性を知らなかったわけではないと思うので、ついうっかりだったのかもしれません。なお用途にもよりますが、ナトリウムは塊状よりワイヤーのものを切って使う方が安全です。

卒論発表などが終わって一段落のこの時期は、気のゆるみで思わぬ事故が起こりやすいタイミングでもあります。気をつけて実験を行って下さい。

(参考:有機化学実験の事故・危険―事例に学ぶ身の守り方 p.123より)


 ☆殿堂入り名論文・迷論文

 有機化学の金字塔となる名論文・アイタタと思うような迷論文を取り上げていこうと思います。

 Total Synthesis of Longifolene
Corey, E. J.; Ohno, M.; Mitra, R. B.; Vatakencherry, P. A.
J. Am. Chem. Soc. 86: 478?485(1964)DOI:10.1021/ja01057a039

 5,5,7員環の3つの環が縮環したセスキテルペン・ロンギフォレンの全合成。Coreyによる逆合成の概念の説明に用いられたことであまりにも有名です。全合成から半世紀近くを経た現代の目から見ても、十分にエレガントな合成です。ちなみに全合成が完成した1961年にCoreyは33歳、著者の中には大野雅二先生の名前も見えます。Wikipediaに解説がありますので、こちらもご覧あれ。

 ☆館長の本棚

 編集長おすすめの本をご紹介。化学分野に限らないかもしれません。

もやしもん―TALES OF AGRICULTURE (1) (イブニングKC (106))

 農学部を舞台にした、細菌と発酵のマンガ。といっても学問的な話はいやみにならない程度に抑え、いろいろな要素を取り入れて面白いマンガに仕立てています。いろいろ意味のわからんところとか欠点もあるけど、ページをめくる手が止まらなくなるうまさとパワーがあります。
 有機化学でもこういうマンガができんかと真剣に考えてしまうのですが、何かいいアイディアはないものでしょうかね。


 ☆編集後記

 韓国で、また生化学分野での論文捏造があったようです。またNature誌にも、最近論文複製(他者の論文のパクリ・自分の論文の二重投稿)が目立つという問題が取り上げられていました。確かに中国なんかは他人の論文のコピペを平気で投稿してくるというからなー、と思っていたら、日本でも中国と同じくらいの割合で複製が行われているらしいです。まあこれは生物学分野の文献のアブストラクトを、コンピュータでシミラリティ検索をしただけの結果ですので、全てが剽窃というわけではないんでしょうが。こうなると審査する方もチェックが大変だし、いろいろな面でピアレビューという体制も限界が見え始めている気もします。

----------------------------------------------------------------------
 メルマガ有機化学

 発行システム:『まぐまぐ!』 http://www.mag2.com/

 配信中止はこちら http://www.mag2.com/m/0000257060.html

 「有機化学美術館」:http://www.org-chem.org/yuuki/yuuki.html
 「有機化学美術館・分館」:http://blog.livedoor.jp/route408/
----------------------------------------------------------------------