〜〜メルマガ有機化学〜〜

 2008年第27号 もくじ

1.今週の反応・試薬 2.注目の論文 3.安全な実験のために 4.館長の本棚 5.編集後記

有機化学美術館更新情報:本館  乳酸〜発酵食品は人類の友〜 
                英語版 The Nobel Prize in Chemistry: The Achievement of Professor Ryoji Noyori
                 分館 バニラ今昔


 ☆今週の反応・試薬 〜 ジフェニルリン酸アジド(DPPA)

DPPA

 1972年、塩入孝之教授が開発した試薬。カルボン酸と反応し、酸アジドを作る。

 できた酸アジドはアミンと反応してアミドと、アジ化物イオンを発生する。縮合させたいカルボン酸・アミン・DPPA・塩基(DIPEAなど)を単に混合するだけで、目的のアミドが得られる。
 縮合剤としてのDPPAは活性化の度合いが穏和なので、副反応が少ないのが特徴。例えばペプチド合成に用いる場合には、側鎖の保護はリジン、システイン、アスパラギン酸、グルタミン酸だけで済む。またほとんどラセミ化も見られず、信頼性の高い優れた試薬である。

 カルボン酸とDPPAから発生させた酸アジドを加熱するとCurtius転位を起こし、イソシアナートを与える。これを水で処理すれば元のカルボン酸より1炭素少ないアミンが得られ、アルコールで処理すればカルバメートとなる。ベンジルアルコールならZ基、t-BuOHならBoc基で保護された形のアミンが得られることになる。


Curtius転位

 光延反応の条件でDPPAを加えると、アルコールがアジドに変換された化合物が得られる。また単にDBUとDPPAでアルコールを処理するだけでも同じ化合物が得られる。

 アジド化合物は爆発性のあるものが多いが、DPPAはリン原子によってアジドが安定化されているため、安全に取り扱える。副生成物も水洗でほとんど除けるため、有用性が高い。

 ※他にもいろいろな応用があります。下記リンクにまとまっています。

 参考リンク ジフェニルリン酸アジド(DPPA)−この35年(PDFファイル)


 ☆注目の論文

・全合成

Total Synthesis of Pinnatoxin A
Seiichi Nakamura, Fumiaki Kikuchi, Shunichi Hashimoto
Angew. Chem. Int. Ed. Early View DOI: 10.1002/anie.200802729

 ルテニウムを使ったシクロイソメリゼーション(エンインメタセシス)で大環状骨格を巻かせるという剛胆なアプローチだが、収率79%で環化に成功。こんなのありか。

・反応

Transition-Metal-Catalyzed Chemoselective Methylenation of Dicarbonyl Substrates
He?le?ne Lebel, Michae?l Davi, and Grzegorz T. Stok?osa
J. Org. Chem. ASAP DOI:10.1021/jo800777w

 ロジウムまたは銅触媒・TMSCHN2・PPh3の組み合わせでカルボニルのメチレン化が行え、ケトンよりアルデヒドを優先して反応する。ほぼ中性でWittig反応が行えるので、覚えておく価値あり。

Ruthenium-Catalyzed Oxidative Cyanation of Tertiary Amines with Molecular Oxygen or Hydrogen Peroxide and Sodium Cyanide: sp3C?H Bond Activation and Carbon?Carbon Bond Formation
Shun-Ichi Murahashi, Takahiro Nakae, Hiroyuki Terai, and Naruyoshi Komiya
J. Am. Chem. Soc. ASAP DOI:10.1021/ja8017362

 三級アミンのNに隣接したメチル(メチレン)水素を活性化し、酸化的にニトリル化する(R2N-CH3→R2N-CH2CN)。ルテニウムすげえ。

・医薬

A Click Chemistry Approach to Pleuromutilin Conjugates with Nucleosides or Acyclic Nucleoside Derivatives and Their Binding to the Bacterial Ribosome
Line Lolk, Jacob Pohlsgaard, Anne Sofie Jepsen, Lykke H. Hansen, Henrik Nielsen, Signe I. Steffansen, Laura Sparving, Annette B. Nielsen, Birte Vester, and Poul Nielsen
J. Med. Chem. ASAP DOI:10.1021/jm800261u

 クリックケミストリーにより、天然物の誘導体を多数合成。こういうアプローチは増えてくるかも。

・その他

Conformational reactions of D2-symmetric twisted acenes
Robert A. Pascal Jr., Qian Qin
Tetrahedron 64, 8630 (2008)

立体障害でねじれたポリアセンの合成。個人的な趣味で取り上げております。こうやってねじってメビウスの環みたいな分子は作れないものか。

Shape-Programmable Macromolecules
Christian E. Schafmeister, Zachary Z. Brown, and Sharad Gupta
Acc. Chem. Res. ASAP DOI:10.1021/ar700283y

 リジッドな骨格を持つビスアミノ酸を多数つなぎ合わせ、がっちりした構造の高分子を制御して作ろうという研究。タンパク質のようにゆらぐ構造ではなく、リジッドな構造で人工酵素を作ろうという遠大な構想。日経サイエンスでも昨年記事が載っていますので、興味のある方はこちらを。

Direct, High-Yield Conversion of Cellulose into Biofuel (p NA)
Mark Mascal, Edward B. Nikitin
Angew. Chem. Int. Ed. Early View DOI: 10.1002/anie.200801594

 セルロースを5%塩化リチウムの塩酸溶液に加え、加熱することで5-(クロロメチル)フルフラールを収率71%で得た。もう一段の変換によってバイオ燃料となりうるフラン化合物が合成できる。セルロースから直接行けるのはでかい。こういう研究を日本でやってほしかったです。

The identification of liquid ethane in Titan's Ontario Lacus

R. H. Brown, L. A. Soderblom, J. M. Soderblo, R. N. Clark, R. Jaumann, J. W. Barnes, C. Sotin, B. Buratti, K. H. Baines & P. D. Nicholson
Nature 454, 607-610 (2008)

 土星の衛星タイタンに、炭化水素の湖があったという話。メタンとエタンが検出された。液体が他の天体で見つかったのは初めてとのこと。こちらに日本語解説。

※興味深い論文などありましたら、こちらより情報をお寄せいただければ幸いです。反応・全合成の他、医薬品合成・超分子・材料・天然物化学などなど何でも結構です。


 ☆安全な実験のために

 酸化銀(I)と過塩素酸から合成した過塩素酸銀(AgClO4)を再結晶し、吸引ろ過または乳鉢で粉砕の処理をしていたところ爆発が起きた。

 過塩素酸塩は爆発の危険が高いことで知られますが、中でも銀塩の爆発事例は数多く、大けが・死亡事故の実例がたくさん報告されています。求核性の低いカウンターアニオンとして過塩素酸はよく用いられますが、危険を避けるためBF4-やBPh4-、PF6-などの使用も検討すべきでしょう。

(参考:有機化学実験の事故・危険―事例に学ぶ身の守り方 p256より)


 ☆館長の本棚

 科学で見る!世界史―一目でポイントがわかる! (学研 1365円)

 歴史が好きな理系という人は意外にいるものですが、そういった人にはたまらない本。歴史の謎に最先端科学が迫る時、何が見えてくるのか――。マラリアや梅毒、スペイン風邪などは世界の運命を大きく変えていますし、鉄・紙・絹・火薬など新素材は国家の興亡と密接に関わっています。フルカラーの大型本なので、読むというよりも眺める感じです。世界史の意外な真相が次々と明かされ、なかなか目から鱗の一冊です。


 ☆編集後記

 先日筑波大の某研究室におじゃまし、8ヶ月ぶりに実験室の匂いを吸い込んで参りました。助教氏とも話し込んできましたが、筆者の学生時代であった15年前とは変わったもの、変わらないものいろいろあるようです。変わっていくべきもの、変わらざるを得ないもの、変わってほしくないもの、変わりようがないもの。化学の世界にもそりゃいろいろあるよな、と思いながら帰ってきた次第です。ま、何を言ってるかわかりゃしないですね(笑)。

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