☆世界で一番甘い化合物(2)


 ということで前回の続き。

 実は単純なアミノ酸にも、甘味を示すものがかなりあります。グリシン・アラニン・セリンの他、D-アミノ酸誘導体にはかなり強い甘味化合物があります。D-アラニンのプロピルエステルは砂糖の170倍、D-6-クロロトリプトファンに至っては1300倍という強力な甘さといいますから驚いてしまいます。


D-アラニンプロピルエステル(左、170)、D-6-クロロトリプトファン(右、1,300)

 短いペプチドにも甘味化合物があります。中でも真打ちというべき存在がアスパルテームで、砂糖の200倍前後の甘味を持ちます。安全性については激しい議論がありましたが、結局危険は立証されず現在も甘味料として使われています。ちなみにこれもサール社の化学者が、ペプチド合成実験の際に薬包紙を取ろうと指を舐めてみたら異常に甘かったというところから発見されました。不用心が幸運をもたらすこともあるという一例ですが、当然危険な化合物の方が多いわけですから、じゃあ自分も舐めてみようなどという気は起こさない方が賢明です。


アスパルテーム(200)

 しかしアスパルテームにも弱点はあります。酸性では比較的安定なのですが、塩基性にしたり加熱したりすると分解し、無味の化合物に変わってしまうという点です。これを克服するための研究も行われ、アリテーム・ネオテームという2つの化合物が登場しました(両者とも日本では未認可)。

 ファイザー社が開発したアリテームは砂糖の約2000倍、アスパルテームの10倍の甘味を持ち、熱に弱いという弱点もなくなっています。またアスパルテームで問題となったフェニルアラニン(これは言いがかりに近いと思いますが)を含有していないため、フェニルケトン尿症という問題もありません。ネオテームはアスパルテームのアミノ基にネオヘキシル基がついたもので、前述の熱分解をある程度防いだ上、砂糖の8000〜13000倍という強烈な甘味を実現しています(ここで問題。これらの条件から、アスパルテームの分解物の構造を推定してみて下さい)。


アリテーム(左、2,000)、ネオテーム(右、8,000〜13,000)

 アスパルテームの誘導体研究は各国で行われており、例えば武田薬品ではアミノマロン酸誘導体をベースに甘味化合物の探索を行っています。例えば下図の化合物は砂糖の3万倍の甘味を示します。


アミノマロン酸フェンチルエステル誘導体(30,000)

 アスパルテームの元祖であるサール社でも負けてはおらず、アスパラギン酸のアミノ基部分をアリール尿素誘導体に変えたところ、元のアスパルテームの70倍にも甘味がアップすることを発見しました。これはちょっとしたブレイクスルーで、この尿素部分をシアノグアニジンに変えるとさらに甘くなることがフランスのチームから報告されています。


尿素誘導体スーパーアスパルテーム(左、14,000)、シアノグアニジン誘導体(右、40,000)

 ところが競争はまだまだ続きます。このアリールグアニジン誘導体が甘味を示すことがわかると、こちらを残してアスパルテーム部分を変化させた誘導体の合成研究が始まりました。このあたりは医薬の誘導体研究と全く同じような展開です。そしてこのグアニジノ酢酸誘導体において、ついに甘味は砂糖の20万倍というラインに達しました。


 スルホニルグアニジン誘導体(左、45,000)、シクロノニル酸(右、200,000)

 が、記録はやはり破られるためにあるようで、2000年になりこれを上回る化合物が登場しました。コンビナトリアルケミストリーの技術を用いて作られた化合物で、「ラグドゥネーム(lugduname)」の名がついています。その甘味は砂糖の22万〜30万倍に達するといいますから、ラグドゥネームを4マイクログラム溶かした水は、1gの砂糖の水溶液と同等の味がするということになります。ひとまずこの化合物が、現在のところの世界記録保持者であるようです。


ラグドゥネーム(220,000〜300,000)


 それにしてもこれら構造も性質もバラバラな化合物が、どうして同じように甘味を呈するかというのは非常な謎です。水素結合のドナー(ヘテロ原子についたH)とアクセプター(O,Nなど)が適当な位置関係に来たときに甘味を呈するなどといったモデルも提案されていますが、それにあてはまらない化合物も少なくありません。たとえな一見単純なテルペンであるヘルナンドゥルシン(下左)は砂糖の1000倍という甘味を示しますし、意外なことにクロロホルムも40倍の甘味を持ちます(しつこいようですが舐めてはいけません)。

  
ヘルナンドゥルシン(1,000)、クロロホルム(40)

 

 舌にある甘味受容体に化合物が結合することによって甘さを感じる――このこと自体は間違いないのでしょうが、その正体はいまだ解明されていません。前出の西沢教授は、下記参考文献の「最も甘い物質」の項をこう締めくくっておられます。

「記録は破られるためにある。偶然の発見に驚き、一方で自然に学びながら、ときとしてそれを超えることがある。甘い味の世界にもまた、科学の夢とロマンがあった。しかし、甘味のレセプターはいまだその全容を現していない。甘味とはいったい何なのだろう。」

 ここまで書いてきた筆者も、全く同感です。甘味とはいったい、何なのでしょうか――。

 

 参考文献 これはすごい!化学の世界記録集p.136 「最も甘い物質」 西沢麦夫
        化学総説「味とにおいの化学」p.85 「甘味の化学」 有吉安男

 

 有機化学美術館トップへ戻る