☆シリコーン 〜有機物と無機物の間〜

 有機化学の世界を代表する元素といえば、いうまでもなく炭素です。炭素と炭素の丈夫な結合がこの豊かな世界を作り、生命を支えているわけですから、その重要性はいまさらいうまでもないでしょう。

 一方、無機化学の世界でそれに匹敵する存在を探すなら、ケイ素と酸素ということになるでしょうか。酸素は地殻重量の約半分、ケイ素は約1/4を占めており、岩石として我々の目の前に大量に存在しています。炭素の存在比はわずか0.08%でしかありませんから、量からいえば吹けば飛ぶ程度のものでしかありません。地表部分に限れば、地球は水と二酸化ケイ素でできた惑星といっても全く過言ではないのです。

 その二酸化ケイ素(SiO2)は、分子式だけ見れば同じ組成である、二酸化炭素(CO2)とはずいぶん違った構造・性質を持ちます。炭素-酸素結合は二重結合が安定であり、このため二酸化炭素はO=C=Oという二重結合をベースとした小さな分子を形作ります。これに対し、酸素とケイ素は単結合しか作ろうとせず、-O-Si-O-Si-……とどこまでもつながった丈夫なネットワークを作ります。また、他の元素を取り込んだりして、数多くの複雑な構造を形成しますので、鉱物の世界ではケイ酸塩鉱物は大きな勢力をなしています。


左:二酸化ケイ素からなる鉱物クリストバライト 右:水晶

 しかしちょっと不思議なことに、この無機世界の旗頭であるケイ素と、有機世界の親玉である炭素が結合した化合物は、天然にはひとつも知られていません。有機合成化学者ならご存知の通り、C-Si結合は酸や塩基とも反応せず十分に安定です。有機硫黄化合物、有機セレン化合物、有機ヒ素化合物などさえ天然に存在するのに、周期表で縦に並ぶ兄弟分の炭素とケイ素が仲良く手をつないだ分子が、自然界に全くないというのはいかにも不可解です。柄にもなく詩的な表現を使わせていただければ、「有機ケイ素化合物は、神様が作り忘れた化合物である」――と言ってもいいかもしれません。

 しかし神様が作らなかった化合物でさえも、フラスコとスターラーさえあれば創り出してしまうのが我々化学者という人種です。しかし岩石の骨格であるSi-O結合と、有機物の基本である炭素を結合させると、一体どんな化合物になるのか?ちょっと想像がつきにくい話ですが、実際に作られた有機ケイ素化合物は、期待に違わず非常に面白い性質を持った化合物群だったのでした。

 こうした化合物の中でよく知られているのは、ケイ素に炭素が2つ生えたユニット(-Me2Si-)と酸素が交互につながった高分子で、一般に「シリコーン」と呼ばれるものです。構成単位がアセトンに似たMe2SiOであるため、「ケイ素」(silicon)とケトンの語尾(-one)をつないで「silicone」と名付けられたものです。よくケイ素の英名である「シリコン」と混同されますが、両者は全く別物です。

 この(-Me2SiO-)の単位が長くつながったポリマー(ポリシロキサンと呼ばれます)は、ケイ素-酸素、ケイ素-炭素の結合長が長いために構造の自由度が高く、分子量のわりに粘度の低い油状物質になります。実験室ではオイルバスなどに使われる「シリコーンオイル」としておなじみでしょう。有機物と無機物のハイブリッドは、ちょっと意外なことにさらさらの油になるのでした。


シリコーン

 またシリコーンはケイ素-酸素、ケイ素-炭素結合の安定性を反映して、熱や薬品に対しても大変安定です。反応性が低いため生体に対しても害が低く、かつては美容整形手術の際に体内に埋め込まれるなどの用途によく使われました。ただしシリコーンオイルを詰めたバッグが破裂するなどの事故があったため、近年ではこうした用途には使われなくなっているようです。

 しかしそのなめらかな触感、生体に対する毒性の低さなどが買われ、近年化粧品などへの使用が増えています。重合度・構造を変化させることでなめらかな液体から油状、ゲル、ゴム状などさまざまに形を変えられるため、驚くほど用途が広いのです。例えば下のシクロペンタシロキサンは揮発性で、なめらかな触感を持つためヘアスプレーの基剤などによく用いられます。


シクロペンタシロキサン

 他にもシリコーン類は組成を工夫することで、各種化粧品の基剤として広い用途を持ちます。例えばポリエチレングリコール(PEG、下図ピンク色部分)と交互に結合させたポリマー(ブロックコポリマー)は、PEG部分が肌や水分となじみ、ポリシロキサン部分が他のシリコーン系成分を保持する役割をします。このため保湿クリーム、日焼け止めクリームなどに広く用いられます。
 またアミノ基を導入したものは正電荷を持ちますから、負電荷を帯びた髪のケラチンと結合しやすい性質があります。要は髪の毛をシリコーンでコーティングする形になるわけです。シリコーンは前述のようになめらかな手触りを与えるので、トリートメントなどに使用されます。このようにシリコーンは化粧品に広く使用され、例えばシャンプーの9割にはシリコーンが配合されているといいます。


シリコーン-PEGコポリマー

 その他にもシリコーンの用途は様々です。なめらかでつるつる滑るので、潤滑剤として非常に優秀です。身近なところでは、セロハンテープの表側や、ラベルの台紙にもシリコーンが塗られており、このためにお互いが粘着せずにうまく剥がれるのです。セロハンテープは20世紀最大の発明の一つといわれますが、その実現にはシリコーンが欠かせなかったわけです。

 ケイ素は4本の結合の腕を持ちますので、一直線のポリマーばかりでなく枝分かれしたもの、網目状になったものも作れます。網の目を密にしていくと、やがてポリマーは流動性を失い、弾力性のある固体になります。これがシリコーンゴムです。ガレージキットや歯の詰め物の型取りなどに使用されますが、実験化学者にとっては白いゴム栓やスポイト球などの方がなじみ深いでしょう。これらもシリコーンの耐薬品性、耐熱性などが生かされているわけで、我々は気づかぬうちにずいぶんとシリコーンのお世話になっていることになります。


網目状高分子・シリコーンゴム

 この他、近年街中のイルミネーションなどで見られるLEDなども、シリコーンが活用されています。発光体を封じ込める封止材、光を集めて放出するレンズにシリコーンが使われているのです(参考)。LEDは低電力・高輝度・長寿命という特性を兼ね備えた素晴らしい光源ですが、それを包む素材が光を通さなかったり、壊れやすかったりでは何もなりません。クリスマスのイルミネーションや、屋外の大型ディスプレイの輝きも、全てシリコーンの優れた性質があってのものなのです。

 近年開発されたシリコーンの最も驚くべき用途としては、衝撃吸収素材「αゲル」があります。網目状の分子構造が柔らかく衝撃を受け止めるため、厚さ2cmのαゲルはビルの6階から落とした鶏卵を割らずに受け止めることができます。スポーツシューズの底にも仕込まれていますし、ハードディスクの破損防止にも役立っています。ボールペンのグリップ、家具の耐震マット、防弾チョッキにも用いられるなど、その用途は拡大の一途を辿っています。

 天然には全く存在しなかった化合物群なのに、創り出してみればこれだけ豊かなバリエーションがあり、我々の暮らしになくてはならないものになっているというのはちょっとした驚きです。化学(Chemistry)の語源は錬金術(Alchemy)であるといわれますが、まさしく化学こそは現代の錬金術である、ということを思わされます。

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