☆フェロモンの話

 最近「フェロモン系の女優」などという言い回しをよく見かけます。フェロモンというのはもともと主に昆虫が交信用に放出する分子の総称で、中でも重要なのが異性を引きつける役目を持つ性フェロモンです。

 いろいろな昆虫がフェロモンを放出していますが、種によってそれぞれ違う構造の分子を使っていますので混乱は起こりません。下にフェロモンとして知られている化合物をいくつか示しておきます。構造は様々ですが、揮発しやすいよう炭素・水素・酸素だけでできているものがほとんどです。

左上よりbombykol、olean、brevicomin、disparlure。

それぞれカイコガ、オリーブミバエ、マツクイムシ、マイマイガのフェロモン。

 

 フェロモンの効果は強烈で、カイコガの場合なら1グラムの100億分の1もあれば匂いを嗅ぎつけるのに十分といわれます。メスがひとたびフェロモンを放出すれば、数km先からでもかぎつけてオスが集まってくるといいますから、その効果のほどは知れようというものです。

 こういうごく微量しか放出されない化合物なので、フェロモンの研究は必要量を集めるだけでも大変な作業になります。例えばゴキブリのフェロモンであるペリプラノンB(図下左)を最初に発見した人は、ゴキブリ50万匹をまとめてすりつぶして水蒸気蒸留にかけるという壮絶な実験を行なったあげく、得られたのは1ミリグラムに満たなかったといいます。論文にはゴキブリの飼育のしかたから掲載されているということです。

Peripranone B(左)とMethyl epijasmonate(右)

 また、ナシヒメシンクイという小さな蛾のオスが放出するフェロモンはエピジャスモン酸メチル(図上右)という化合物ですが、これは面白いことに香水の女王と呼ばれるジャスミン香の主要な香り成分でもあります。人間と蛾とが同じ匂いに引きつけられるというのも興味深い話です。

 こうしたフェロモンは昆虫の専売特許なのかといえばそうでもありません。ある種の細菌も誘引物質を出しますし、ゾウなどのほ乳類もフェロモンでオスを引きつけることが明らかになっています(これもメス象の尿3トン(!)から分離されました)。また雄ブタは下のようなステロイドを体内で合成しており、これがメスに作用します。ジャコウネコから得られ、クレオパトラが媚薬として用いたといわれる「シベット」の主成分(シベトン)はこれに似た構造を持ちます。

雄ブタ臭ステロイド(左)、シベトン(右)

 ちなみに雄ブタ臭ステロイドはいわゆる「わきが」のにおいにも含まれています。よく「わきが」の臭いは女性を興奮させる(本当かどうかは知りませんが)などといいますが、こうしたことから「人間のフェロモンを発見した」という人たちが出てきました。彼らが「発見した」と称しているのが「α-アンドロスタンジオール」という物質で、男性ホルモンが代謝されてできる化合物です。実際この化合物は男性が嗅ぐと大変いやな臭いに感じますが、女性には比較的平気な人が多いということです。

α-androstandiol

 これが本当なら筆者も全能力を傾けてでも合成にチャレンジするところですが、残念ながら大方の見解は「否」であって、人間様はたかが化合物一つに引き寄せられるほど単純ではないという見方が支配的です。怪しげなフェロモン香水などには頼らず、自分の魅力を磨くことに徹した方がよさそうです。

 

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