☆喪われた化合物の名誉のために(1)〜DDT〜

 化学者の端くれたる筆者にとって悲しいことに、近年どうにも化学のイメージはよくありません。環境破壊の先棒担ぎのような扱いを受け、「化学」「合成」と名のつく物はそれだけで悪者のように見られます。化学のもたらした恩恵は大きいのに、なぜか大きく取り上げられるのは害毒の方だけ、という感もなきにしもあらずです。今回からマスコミによく登場する物質をいくつか取り上げ、その光と影を検証してみることにしましょう。1回目は悪玉化学物質の最右翼、DDTです。

 DDTという名称は、ジクロロジフェニルトリクロロエタンの頭文字を取ったものです(ただし現在の命名ルールでは、1,1,1-トリクロロ-2,2-ビス(4-クロロフェニル)エタンという名称になります)。DDTが最初に合成されたのは1874年のことですが、スイスのミュラーによってその強力な殺虫効果が発見されたのは1939年になってからのことでした。下に示す通り5つの塩素原子(黄緑)を含んでいます。

DDT

 DDTはきわめて安価に合成でき、多くの昆虫に対してごく少量で殺虫作用を示します。それでいて人間など高等生物にはまったく無害(と思われた)なのですから、これはまさに夢のような薬剤でした。このため特に第二次世界大戦後の占領地で、蚊やシラミを駆除するために大量に用いられました(これらの虫は黄熱病、チフス、マラリアなどの病原体をばらまきます)。戦後の日本で、DDTの粉末を頭から浴びる子供の写真をご覧になったことのある方も多いことでしょう。これによって戦後につきものの伝染病の蔓延はすっかり影を潜めることとなりました。DDTの生産量は30年間に300万tに達し、発見者ミュラーは1948年のノーベル医学生理学賞に輝いたのです。

 1962年、環境運動家のバイブルともいわれる、レイチェル・カーソンの「沈黙の春」の出版を機にDDTの没落は始まりました。カーソンはDDTが昆虫を食べる鳥の体内に蓄積し、鳥たちを死に追いやっていると訴えたのです。さらに長期に渡る環境への残存性、ヒトに対する発癌性が指摘され、一気にDDT禁止運動は加熱していきました。その後水や食品、南極の氷に至るまでDDTが検出され、ついに人間の母乳までが汚染を受けていることがわかって、DDTは1968年に使用が全面禁止されることとなりました。この後90年代に入ってさらにDDTには内分泌撹乱効果(いわゆる環境ホルモン作用)があるのではないかという疑いが持たれ、かつての妙薬のイメージはこれ以上落ちようがないところまで落ちてしまいました。

 こうして抹殺されたDDTですが、最近の研究によって少なくともヒトに対しては発癌性がないことがわかっています。また環境残存性に関しても、普通の土壌では細菌によって2週間で消化され、海水中でも1ヶ月で9割が分解されることがわかっています。危険性を訴える研究に比べ、こうした結果は大きく扱われることはほとんどないため、あまり知られてはいませんが……。

 スリランカでは1948年から62年までDDTの定期散布を行ない、それまで年間250万を数えたマラリア患者の数は31人にまで激減しました。この数はDDTが禁止されてから5年のうちに、もとの250万人まで逆戻りしています。DDTによって救われた人命の数は5千万とも1億ともいわれ、これは他のどんな化合物をも上回るものです。その得失を総合的に考えた場合、安価でこれほどに効果の高いDDTを完全に葬り去るのは果たして得策なのか、疑問を差し挟む声はこれまでにも挙げられてきました。

 そして2006年ついに、WHO(世界保健機構)は「マラリア蔓延を防ぐため、流行地でのDDT使用を推奨する」という声明を発表したのです。野生動物への蓄積、様々な人体へのリスクなども総合的に考慮し、「家の内壁や屋根にスプレーしておく」という方法でなら、危険性を最小限に抑えつつマラリア患者を減少させることができるとしています。少量のスプレーでもDDTは壁に十分に残存して長期に渡って蚊を殺すため、この方法を正しく用いればマラリア患者を10分の1に減らすことができるとのことです(ただしDDTを分解する能力を持った耐性昆虫がすでに数多く発生しているため、DDTが必ずしも有効な武器になるかは議論があります)。

 WHOがこうした判断を下した背景には、地球温暖化によるマラリアの流行地域拡大への懸念もありそうです。実際現在の東京の夏は、十分にマラリアを媒介する蚊が生存できる温度であるといわれます。世界最大の感染症であり、これまで生きた全人類の半分の死因となったという説さえあるマラリアが、人口の密集した大都市で発生したらどうなるか――。マラリアの問題は決して人ごとではないのです。

 実はこの声明が発表された時、ある新聞記者の方から筆者に宛てて「このような声明が出されたが、本当にDDTの安全性に問題はないのだろうか」という質問のメールが送られてきました。筆者は上記の事情を述べ、「WHOの判断はリスクとベネフィットを十分に考慮した上での妥当な判断なのではないか」と返信したのですが、結局掲載された記事では「ほんとに大丈夫?」という見出しがつけられ、DDTの危険性の方を強調する内容となっていました。もちろん限られた紙面の中ですべてを論じるのは難しいのでしょうが、WHOが決断に至った経緯など詳しく述べられていれば、リスクというものに関して考えるよい機会になったのにと多少残念ではあります。


 DDTの問題は我々に多くの教訓を残しました。現代の殺虫剤、農薬はDDTの時代とは比較にならないほどの厳しい安全基準を要求されています。かつての農薬は水銀、ヒ素などを含んだ、今考えると恐ろしいほどの毒物だったのですが、現在市販されているある種の農薬などは茶碗に一杯「食べても」大丈夫というほどに安全になっています。虫に毒だから人にも毒だろう、というような単純な話ではなくなっているのです。素早く分解されて環境に残留しない農薬の開発も進んでいます。

 農薬だから、化学製品だからと毛嫌いするのは簡単だし、ある程度無理もないことです。しかし化学は失敗を教訓として、常に前進を続けています。そして一般の目に触れないところで、少しでも安心して使える製品を作り出すべく、日夜研究を続けている化学者たちがいることを忘れないでいていただきたいと思います。

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