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 2008年 第43号 もくじ

1.今週の反応・試薬 2.注目の論文 3.安全な実験のために 4.館長の本棚 5.編集後記
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 ☆今週の反応・試薬

 ・N,N-ジメチルホルムアミド ジエチルアセタール

 沸点135度の無色液体。湿気・酸を避けて保存する。強い毒性は報告されていない。

 ・脱水試薬として

 1,2-ジオールに作用させると、脱水反応を起こしてエポキシドが生成する。またカルボン酸にDMFアセタールを室温〜80度付近で作用させると、エステルが得られる。DMFジベンジルアセタールは、ベンジルエステルの合成などに用いられる。

 ・アミノメチレン化剤として

 活性メチレン(メチル)を持つ化合物と混合・加熱することでジメチルアミノメチレン化が行える。o-ニトロベンゼンと反応させ、次いで接触還元を行うルートは、代表的なインドール合成法のひとつである。

 ・ヘテロ環合成

 1,2-ジアミノベンゼンなどと縮合し、ベンズイミダゾールを与える。

 ※用途は広い試薬ですが、あまり活用されていない気もします。扱いにくくもないし、使い勝手も悪くないのですが。


 ☆注目の論文

・反応

Biaryl Formation Involving Carbon-Based Leaving Groups: Why Not?
Sergio M. Bonesi, Maurizio Fagnoni, Angelo Albini
Angew. Chem. Int. Ed. Early View DOI: 10.1002/anie.200803777

 Angewandteの「ハイライト」から。C-C結合を切りつつビアリール結合を作るクロスカップリング反応。昔は金属でC-Cを切るのは難しいと言われてたもんですが、時代は変わりました。

A Phosphine-Mediated Conversion of Azides into Diazo Compounds
Eddie L. Myers, Ronald T. Raines
Angew. Chem. Int. Ed. Early View DOI: 10.1002/anie.200804689

 アジドからジアゾ化合物へという、今までありそうであまりなかった変換を実現。試薬設計の妙です。

Palladium-Catalyzed Coupling of Hydroxylamines with Aryl Bromides, Chlorides, and Iodides
Achim Porzelle, Michael D. Woodrow and Nicholas C. O. Tomkinson
Org. Lett. ASAP DOI:10.1021/ol8025022

 ハロゲン化アリールとヒドロキシルアミンのAr-Nカップリング反応。配位子に「どこから出てきたんだ」という変なリガンドを使ってます。調べてみないと。

・全合成

Total synthesis of bryostatin 16 using atom-economical and chemoselective approaches
Barry M. Trost, Guangbin Dong
Nature 456, 485-488 (2008) | doi:10.1038/nature07543

 抗ガン剤として注目を集める海洋マクロライドブリオスタチン16の全合成。Trost自身が提唱した概念、「アトムエコノミー」に優れた全合成になっています。特にピラン環の構築は無駄なく美しく決まっています。

Synthesis of 3,4-Dihydroisoquinolines by a C(sp3)-H Activation/Electrocyclization Strategy: Total Synthesis of Coralydine
Manon Chaumontet, Riccardo Piccardi, Olivier Baudoin
Angew. Chem. Int. Ed. Early View DOI: 10.1002/anie.200804444

 C-H結合活性化によるベンゾシクロブテン合成、環開裂・再環化を組み合わせてジヒドロイソキノリン骨格を構築。

A Concise Total Synthesis of (?)-Quinocarcin via Aryne Annulation
Kevin M. Allan and Brian M. Stoltz
J. Am. Chem. Soc. ASAP DOI:10.1021/ja808112y

 テトラヒドロイソキノリンを含むアルカロイドの合成。ちょっと思いつかないルートで、才能を感じさせます。

・その他

A Cryptand-Encapsulated Germanium(II) Dication
Paul A. Rupar, Viktor N. Staroverov, and Kim M. Baines
Science 322, 2008: 1360-1363.

 不安定なゲルマニウムの2価カチオン(Ge:2+)を、クリプタンドに包接することで単離に成功した。今後不安定な化学種の単離に応用できる手法となるか……ということのようです。

※興味深い論文などありましたら、こちらより情報をお寄せいただければ幸いです。反応・全合成の他、医薬品合成・超分子・材料・天然物化学などなど何でも結構です。


 ☆安全な実験のために

 塩化p-メトキシベンジル(MPMCl)を1/3ほど使い、残りを薬品棚に置いておいたら、自己重合を起こして内圧が上がり、数ヶ月後に爆発した。さらに事故の後片付けに当たった3人が目の痛みを訴え、医師の治療を受ける羽目になった。

 この試薬は分解して塩化水素を発生するので、冷蔵下でもあまり保存が利きません。小瓶で買って、さっさと使い切るのが賢明です。目の痛みもBnBrのような催涙作用ではなく、かなり重度のものになるようです。

(参考:有機化学実験の事故・危険―事例に学ぶ身の守り方 p.57より)

 ☆館長の本棚

 マネー・ボール (ランダムハウス講談社文庫) マイケル・ルイス著 798円

 いきなり野球の本です。アメリカにオークランド・アスレチックスという球団があるのですが、選手の年俸総額がヤンキースの1/3という貧乏球団なのに、毎年優勝争いにからむくらい強い。そんなチームを造り上げた敏腕ゼネラルマネージャー、ビリー・ビーンが主人公です。
 彼は、打率や打点といった一般に知れ渡った数値に囚われず、セイバーメトリクスという新しい計量的野球理論を活用します。例えば打率というのは、チームの勝利に直結する数値なのか?打率の計算に必要な「安打数」は、単打もホームランも「ヒット1本」としてしか計算されず、単打と同じ価値を持つ四球は無視されます。ということで重視すべきは出塁率と長打率であるという結論を出し、選球眼の良い無名選手を安く獲得する、という戦略を立てるわけです。

 その他にもいろいろな例が出てきて、中には「これは本当か?」という例も少なくありません(詳しくはこちら)。しかし目から鱗なこともたくさん出てくるので、野球ファンには一読をお勧めしたい本です。


 ☆編集後記

 最近某誌にて、同じ化合物のいくつかの全合成例を列挙して、比較する記事を書きました。で、考えてしまったのが、筆者如きヘタレケミストが、自分の感覚だけで偉そうに大先生方の研究を「美しいルート」だの「効率が悪い」だのと論評するというのは、いかにもおこがましいなということです。もうちょっと全合成研究の客観的な評価ができる数値基準はできないものか、なんぞと思ったのですが。

 今回のTrostのブリオスタチンの全合成は、アトムエコノミーが優れているところが評価されてNatureに載ったのだと思います。最近はグリーンケミストリーの観点からこうした仕事が評価されるのでしょうが、これなんかは一つのきちんとした数値基準です。またプロセス化学では、「製品1kgあたりのコスト」という厳然とした数値で、そのルートの評価がなされます。グリーンケミストリーでいう「Eファクター」なんて基準もあります。しかしこれらは、全合成そのもののアカデミックな評価とはちょっと違うものでしょう。またこれらのファクターも改善の余地はありそうです。

 で、思い出したのが、上で紹介した本「マネー・ボール」だったわけです。セイバーメトリクスのように徹底的に考え詰めて、全合成の評価軸は作れないのかなと。例えば目的化合物の構成原子数、官能基の数、不斉点の数をポイント化して、「化合物の複雑さ」を数値化する。そこに到達するのにかかったステップ数で割ると、全合成の「効率」が数字で出せる……といったような。
 「全合成の美しさ」というのはもちろん数値にはなりにくいですが、これも「一挙に作った結合の数」とか総収率とかの数字をからめて、ある程度計量化できるのかもしれません。

 (全合成の検討に要した全実験数)/(論文に載った工程数)で、「苦戦係数」なんてのはできますね(笑)。まあきちんと収率をオプティマイズする人と、低収率のまま論文を出す人とで実験数は変わるでしょうから、総収率なんかも評価項目に入れるべきかもしれませんが。

 こういう感じである程度納得のいく数値化ができれば、例えば「Nicolaouのブレベトキシン合成と、Coreyのエクチナサイジン全合成ではどっちが凄いのか」という比較ができたり、「メタセシス出現前後で、全合成の効率はどれだけ上がったのか」ということが目に見える形にできるのかもしれません。まあ筆者は残念ながら数学的センスがないのでうまい式が出せませんが、じっくり考えてみる価値のあることなんではないかという気はします。

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