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 2008年 第38号 もくじ

1.今週の反応・試薬 2.注目の論文 3.安全な実験のために 4.館長の本棚 5.編集後記


 ☆今週の反応・試薬

 ・ベンゾトリフルオライド(BTF, trifluorotoluene, PhCF3

 無色の液体、融点-29度、沸点102度、比重1.19。トリフルオロメチル基の電子求引性のため反応性が低く、安定である。このため汎用される溶媒であるジクロロメタンの代替として使用可能である(Ogawa, A.; Curran, D. P. J. Org. Chem.1997; 62, 450 10.1021/jo9620324)。

 ルイス酸を用いる反応、 DMSO酸化、酸塩化物によるアシル化反応、トシル化、シリル化など、ジクロロメタンを用いる反応にだいたい使用が可能である。オゾン層破壊の問題などでジクロロメタンが使いにくい場合や、高沸点が求められるケースで、代わりに用いることがある。ただし塩化アルミニウムは室温でBTFと反応するので使えない。

※ただしこの溶媒は、ものが溶けないという驚くべき弱点があります(笑)。まあ炭化水素のような低極性のものは大丈夫ですが、窒素が入っているような化合物には向いていません。トルエン程度の溶解力と思えばあまり間違っていません。


 ☆注目の論文

・全合成

Total Synthesis of Thuggacin B
Martin Bock, Richard Dehn, Andreas Kirschning
Angew. Chem. Int. Ed. Early View DOI: 10.1002/anie.200803271

 抗結核作用を持つ17員環マクロライドthuggacinの全合成。今はヨウ化ビニルはこうやって作るのか。

Highlights in Steroid Chemistry: Total Synthesis versus Semisynthesis
Carl F. Nising, Stefan Brase
Angew. Chem. Int. Ed. Early View DOI: 10.1002/anie.200803720

 注目を集める血管新生阻害剤・コルチスタチンの合成のまとめ。こうして見ると、やはりBaranのルートは半合成とはいえ際だつ。

・反応

Merging Photoredox Catalysis with Organocatalysis: The Direct Asymmetric Alkylation of Aldehydes
David A. Nicewicz and David W. C. MacMillan
Science 322, 77 - 80 (2008) DOI: 10.1126/science.1161976

 fuzi0さんよりの情報。
「MacMillan触媒で刺激的な仕事が報告されていたので紹介します。
エナミンを1電子酸化したラジカル種を利用したSOMO触媒を開発したMacMillanのグループ。今回光レドックスでよく使用されるルテニウムのビピリジン錯体を利用して酸化剤も触媒的に、アルデヒドの不斉アルキル化を進行。
反応の有用性もさることながら、有機合成に使われていないRuのビピリジン錯体を利用したという点がインパクトのある論文でした。触媒反応に使おうとする反応屋さん増えてくるんじゃないかなと思います。」

とのことです。光反応と有機分子触媒を組み合わせた新しい系。既知の手法を組み合わせて発展させ、新しい成果に結びつけた好例かも。

Catalytic Asymmetric Intramolecular Hydroamination of Alkynes in the Presence of a Catalyst System Consisting of Pd(0)-Methyl Norphos (or Tolyl Renorphos)-Benzoic Acid
Meda Narsireddy and Yoshinori Yamamoto
J. Org. Chem. ASAP DOI:10.1021/jo801785r

 アルキンに対する分子内ヒドロアミネーション。不斉配位子としてノルボルナン骨格のNorphos, Renorphosを使用。

・医薬

Bismacrocyclic Inhibitors of Hepatitis C NS3/4a Protease
John A. McCauley, Michael T. Rudd, Kevin T. Nguyen, Charles J. McIntyre, Joseph J. Romano, Kimberly J. Bush, Sandor L. Varga, Charles W. Ross III, Steven S. Carroll, Jillian DiMuzio, Mark W. Stahlhut, David B. Olsen, Terry A. Lyle, Joseph P. Vacca, Nigel J. Liverton
Angew. Chem. Int. Ed. Early View DOI: 10.1002/anie.200803298

 以前このメルマガ及び現代化学の記事でも紹介した、べーリンガー社の抗C型肝炎ウィルス薬BILN-2061の改良版がメルクから登場。2つのマクロサイクルを一挙に1工程のメタセシスで構築する超荒技に出てます。思わず図書館で「ゲェ!」とのけ反って、変な目で見られてしまいました。メルク相変わらず恐るべし。

※興味深い論文などありましたら、こちらより情報をお寄せいただければ幸いです。反応・全合成の他、医薬品合成・超分子・材料・天然物化学などなど何でも結構です。


 ☆安全な実験のために

 過塩素酸と無水酢酸が入った電解メッキ槽に誤ってプラスチック製品を落としたところ大爆発が起きた。

 過塩素酸(HClO4)は爆発性が強く、有機物と接触するとこれを爆発的に酸化します。過塩素酸の塩も摩擦などによって爆発を引き起こすことがあり、事故例が少なくありません。カウンターアニオンとしてよく用いられますが、細心の注意を払って用いるべき化合物です。

(参考:有機化学実験の事故・危険―事例に学ぶ身の守り方 p.256より)


 ☆館長の本棚

 できそこないの男たち 福岡伸一著(光文社新書)

 「生物と無生物のあいだ」でサントリー学芸賞、新書大賞を受賞した福岡伸一・青学大教授の新作。今回のテーマは、発生学・遺伝子から見た「男と女」です。
 まあ相変わらず文章は舌を巻くほど上手く、やはり現代日本最高のサイエンスライターはこの人だろうと思わせます。今回も立ち止まることなしの一気読みでした。ただ「男」が「女」のできそこないであるという論拠がやや弱く、そのわりに枝葉に迷い込むところが多いので、これが気になる人は気になるでしょうが、それこそが氏の文章の味でもあるでしょう。まあ手にとって損はないかと思います。


 ☆編集後記

 今回はクロロホルム豆知識を。

 クロロホルムを初めて合成したのはサミュエル・ガスリーという人物で、1831年のことです。彼が用いたのは今でいうハロホルム反応であったようで、このすぐ後には有名なユストゥス・フォン・リービッヒも同じ手段でクロロホルムの合成を報告しています。

 クロロホルムはやがて麻酔薬としての効果が発見され、19世紀半ばにはヴィクトリア女王の無痛分娩にも用いられたそうです。20世紀前半には、クロロホルムの14%水溶液にアヘンチンキなどを加えた「クロロダイン」が、頭痛や下痢などに対する万能薬として人気を集めました。今の知識で見ると、何てものを飲んでいたんだという感じですが。ちなみにクロロホルムは意外にも強い甘味があり、砂糖の40倍にも達するそうです。

 その後、クロロホルムは不整脈などを引き起こして突然死の原因になることがわかり、麻酔薬としては用いられなくなりました。しかしいまだにテレビドラマなどでは、ハンカチに染み込ませたクロロホルムが拉致・誘拐の際の小道具に使われます。しかし実験屋のみなさまならご存知の通り、実際には数滴吸い込んだくらいで気を失うことはなく、せいぜい頭痛と吐き気を起こす程度です。大量に吸い込むと肝臓障害などを起こすので、絶対に試してはいけませんが。

 クロロホルムは、よく浄水器の宣伝で引き合いに出される「トリハロメタン」の一種でもあります。消毒に使われる塩素(次亜塩素酸ナトリウム)が水道水中の有機化合物と反応してクロロホルムになる、という理屈です。しかし水道水に含まれるクロロホルムはppbオーダーであり、健康に問題を引き起こす数値にはほど遠い量です。水道水を一生飲み続けたところで、クロロホルムの摂取量はかつて麻酔薬や頭痛薬として吸い込んでいた量の一服分にも及びません。

 結局クロロホルムの麻酔効果も毒性も世間では大幅に過大評価されているわけで、「化学物質」の効能が神話化されている例のひとつでしょう。こうして肥大化した神話が、今あちこちで回収・販売禁止の騒動を生んでいることを思うと、笑ってばかりもいられないところですが。

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