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 2008年第36号 もくじ

1.今週の反応・試薬 2.注目の論文 3.安全な実験のために 4.館長の本棚 5.編集後記


 ☆今週の反応・試薬

 ・Krapcho反応

 β-ケトカルボン酸や、マロン酸誘導体などβ位にカルボニルを持つカルボン酸類は加熱によって二酸化炭素を放出し、脱炭酸反応を起こすことが知られている。

 1967年Krapchoは、ジアルキルマロン酸ジエチルエステルをシアン化ナトリウムとDMSO中加熱するだけで、エステルをカルボン酸に加水分解することなく脱アルコキシカルボニル化が可能であることを示した。

 反応機構は、R1・R2がどちらもアルキル基である場合と、片方が水素(一置換マロン酸)の場合とで異なると考えられている。反応には、最低1当量ずつのシアン化ナトリウムと水が必要である。また毒性のあるシアン化物の代わりに、塩化リチウムなどでも反応が進行することがある。反応温度は基質にもよるが、多くは100〜150度の高温を必要とする。

 後に、アルキル基が1つだけ(R1=H)の場合には、シアン化ナトリウムなどを加えず含水DMSOで加熱するだけでも脱アルコキシカルボニル化が進行することがわかった。

 ※筆者は昔この反応を知らず、全部加水分解して脱炭酸をしていましたので、これを知った時にはまさに目から鱗でした。ラセミ化や異性化など起こしにくい穏和な条件ですので、使いやすいよい反応です。


 ☆注目の論文

・全合成

Critical Importance of the Nine-Membered F Ring of Ciguatoxin for Potent Bioactivity: Total Synthesis and Biological Evaluation of F-Ring-Modified Analogues
Masayuki Inoue, Nayoung Lee, Keisuke Miyazaki, Toyonobu Usuki, Shigeru Matsuoka, Masahiro Hirama
Angew. Chem. Int. Ed. Early View DOI: 10.1002/anie.200803921

 シガトキシン中央の9員環を8員環に変えたり、環を開いたりしてしまうと活性がガタ落ちになるという研究。一言で言ってしまうとこれだけですが、史上最も大変な構造活性相関研究じゃないんでしょうか。頭が下がります。

A Concise and Modular Synthesis of Pyranicin
Nolan D. Griggs and Andrew J. Phillips
Org. Lett. ASAP DOI:10.1021/ol802041c

 ED50が1.3ngという強力な抗ガン活性を持つピラニシンの全合成。最長13段階、全収率10%とエレガントかつ高効率な全合成。

・反応

Iron-Mediated Direct Arylation of Unactivated Arenes
Jun Wen, Ji Zhang, Shan-Yong Chen, Jing Li, Xiao-Qi Yu
Angew. Chem. Int. Ed. Early View DOI: 10.1002/anie.200802526

 四川大学の游勁松らによる報告。硫酸鉄(III)七水和物を触媒に、無置換のベンゼン環とアリールホウ酸がクロスカップリングするという反応。リガンドにはcyclen(1,4,7,10-テトラアザシクロドデカン)がよく、ピラゾールの添加が必要とのこと(どう効いているかは不明)。ちょっとびっくりするような反応式です。
 近年の有機金属化学のトレンドとして、
(1)それまで進行しないと思われていた反応が、リガンドの工夫によって進行するようになった(2000年前後からのBuchwald・Hartwigら)
(2)C-H結合の活性化によるカップリング反応(1993年村井らの研究がきっかけ)
(3)パラジウムやロジウムなどの高価な金属から、鉄や銅などの安価・低毒性の金属への置き換え
という流れがあるわけですが、これらを全て兼ね備えた反応ということになります。
しかし「本当に本当か?」という気もしないではないですが……。

Cross-Coupling Reactions of Aryl Pivalates with Boronic Acids
Kyle W. Quasdorf, Xia Tian, and Neil K. Garg
J. Am. Chem. Soc. ASAP DOI:10.1021/ja806244b

Biaryl Construction via Ni-Catalyzed C?O Activation of Phenolic Carboxylates
Bing-Tao Guan, Yang Wang, Bi-Jie Li, Da-Gang Yu, and Zhang-Jie Shi
J. Am. Chem. Soc. ASAP DOI:10.1021/ja8056503

 アリールエステルと、ニッケル触媒を使ったクロスカップリング反応。2報とも同じような触媒・塩基の条件にたどり着いています。

Relay Catalysis by a Metal-Complex/Bronsted Acid Binary System in a Tandem Isomerization/Carbon?Carbon Bond Forming Sequence
Keiichi Sorimachi and Masahiro Terada
J. Am. Chem. Soc. ASAP DOI:10.1021/ja807591m

 アリルアミンと電子豊富な芳香環のカップリング。式だけ見ると何が起こってるんだ?と思うような反応ですが、二重結合の二段階の異性化と、酸触媒によるイミンへの付加反応がワンポットで起こっているという仕掛け。

※興味深い論文などありましたら、こちらより情報をお寄せいただければ幸いです。反応・全合成の他、医薬品合成・超分子・材料・天然物化学などなど何でも結構です。


 ☆安全な実験のために

 ・アルミニウム粉末と四塩化炭素を3:7の比率でペースト状に混合していたら、発火・爆発が起こって建物が倒壊した。

 アルミは身の回りにも多く、気安く使われていますが、酸とも塩基とも反応しやすい危険な金属という一面もあります。特に粉末と塩素系溶媒・硫酸バリウムなどを混合すると、爆薬並みの破壊力を発揮します。あまり実験で使う組み合わせではありませんが、廃棄物処理などの時にうっかり混ぜてしまわないよう気をつけましょう。

(参考:有機化学実験の事故・危険―事例に学ぶ身の守り方 p.126より)


 ☆館長の本棚

 「長生き」が地球を滅ぼす ― 現代人の時間とエネルギー(本川達雄著 阪急コミュニケーションズ 1680円)

 なかなかショッキングなタイトルですが、科学エッセイとして大変に面白い本です。一定不変の時間という概念をひっくり返して見せた名著「ゾウの時間 ネズミの時間―サイズの生物学」の続編といってもいいでしょう。生物が生きる時間と消費エネルギーは密接な関連があり、法則から言えば人間程度のサイズの動物はせいぜい30年しか生きられないのだそうです。それを80年90年と長生きしているのは、エネルギーを大量に使って時間を狂わせているからだ――と本川氏は説きます。

 その他、こうした理屈を社会や組織のあり方にもあてはめ、ニヤリとさせるような話がいくつも登場します(ゾウの細胞はネズミに比べて18分の1しかエネルギーを消費しない。これと同じで、大企業の社員は小企業の社員より働かなくても生きていけるのだ……等々)。これらが全て科学的に正しいかどうかはともかく、新しい見方で世間を見る快感を与えてくれる本です。

 余談ながら、「歌う生物学者」としても有名な本川先生、こんなものも出しておられるようです。誰か購入してレビューしていただけるとうれしいです。


 ☆編集後記

 有機合成によく使われる遷移金属といえば、なんといってもパラジウムでしょう。不飽和結合の接触還元から、クロスカップリング・溝呂木-Heck反応、πアリルパラジウムの反応など、その活躍の範囲は驚くほど多彩です。かつて辻二郎先生の講演会で、某有名教授が「今さらのようだけど、パラジウムってのは何がよくてそんなにいろいろなことができるんですか」と質問し、辻先生が「さあ……何ででしょうねえ」と困っていたのを記憶しています。それくらいにパラジウムの威力は絶大で、今やこの元素なしに有機合成は成立しないといっても過言ではないでしょう。

 また、ルテニウムもメタセシス反応を初めとして応用範囲は広いですし、白金も工業用の触媒として極めて広く用いられています。そこへ行くと、同じ貴金属でも金には不思議なほど用途がないようです。近年有機合成の世界でもようやく金を触媒として使う研究が進み「ゴールドラッシュ」と呼ばれるような状況になっていますが、他の金属に比べればまだまだでしょう。一般的な用途を見ても、金の「実用的な」目に見える使い道といえば、せいぜい金歯くらいのものではないでしょうか。

 にも関わらず金がなぜこれだけもてはやされてきたかといえば、その希少性、安定さ、そして美しい輝きのためということになるのでしょう。これまでに発掘された金は、全て集めても1辺17mの立方体にしかならないそうです。人類が何万年にもわたって血眼になって集めてきた量がたったのこれだけですから、いかに金が希少なものであるかわかります。また金は他の化合物とほとんど反応しませんから、いつまでも不変なままです。3300年前に造られたツタンカーメン王のマスクは、今でも昨日造られたもののように輝いています。

 しかし希少であること、安定なことは、他の貴金属でもほぼ同じことです。結局金の魅力は、あの豪華な金色の輝きという一点に帰することになるのでしょう。このため金は装飾品・貨幣として有史以来常に人気を保ち続けてきました。信長や秀吉など権力者が周囲を金で飾るのは昔からのことですし、仏教などでも金製品は広く用いられます。それもこれも、金のあの輝きが、まるで神の国から来たかのような神々しさを感じさせるからなのでしょう(ちなみに銀色に輝く白金を好むのは日本人くらいのようで、世界の装飾用白金の大半は日本で消費されるそうです)。

 金の奪い合いで起こった戦争は数知れませんし、コロンブスの航海も金銀の発見を目指してであったといいます。また金は「金本位制」として、長らく経済の中心にもあり続けました。金の輝きは人類の歴史を大きく動かしてきたわけですが、では金がたまたま480nmの光を吸収する金属でなかったら、人類は今より幸福であったのか不幸であったのか。ちょっと考えてしまう秋の夜長であります。

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