〜〜メルマガ有機化学〜〜
2008年第26号 もくじ
1.今週の反応・試薬 2.注目の論文 3.安全な実験のために 4.館長の本棚 5.編集後記
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☆今週の反応・試薬 〜 フッ化テトラn-ブチルアンモニウム(TBAF)
フッ化物イオンは水素結合を起こす力が強く、会合などによって予想した反応性を持たないことも多い。テトラブチルアンモニウム塩(n-Bu4N+F-)とすることによってフッ化物イオンは「裸」に近い状態となり、高い反応性を持つようになる。固体状態でも市販されているが、吸湿性が非常に強く取り扱いにくいため、水やTHFの溶液で購入した方が便利である。
マイルドな条件でシリルエーテルを切断することができるので、脱保護の試薬として多用される。ただし水分が入ると溶液は強いアルカリ性に傾くため、塩基性に弱い基質を用いる場合には酢酸などを溶媒に添加するとよい。
2つ以上のシリル基を持つ基質を選択的に脱保護したい場合には、TBAFはあまり有効でない。選択的な脱保護を行いたい場合には、酸性条件で脱保護を行う方がよいことが多い。
前述したようにTBAFは塩基性が強いため、Fmoc基などは素早く切断される。これを利用した迅速ペプチド合成も行われている。また加熱を行うと、他のカルバメート類も切れてしまうことが報告されているので注意を要する。
※シリル基の選択的脱保護の総説としては、Synthesis 1996, 1031があります。えらく地味な総説ですが、持っていると意外に役立つことがあります。
☆注目の論文
・全合成
Total Synthesis of (±)-Psychotrimine
Timothy Newhouse and Phil S. Baran
J. Am. Chem. Soc. ASAP DOI:10.1021/ja8042307
トリプタミン3つが酸化的に縮合した形の複雑なアルカロイドを、4段階・総収率41%にて合成。呆れるほどに綺麗に決まっていて、武道の達人の演武を見ている気分になります。
Total Synthesis of (±)-Trichodermamide B and of a Putative Biosynthetic Precursor to Aspergillazine A Using an Oxaza-Cope Rearrangement
Chong-Dao Lu, Armen Zakarian
Angew. Chem. Int. Ed. Early View DOI: 10.1002/anie.200801652
期待の若手Zakarian。ヘテロDiels-Alder, オキサアザCope転位、セレノMislow-Evans転位と見どころたっぷり。こちらのブログでも取り上げてますね。
Convergent Synthesis and Biological Activity of the WXYZA′B′C′ Ring System of Maitotoxin
Tohru Oishi, Futoshi Hasegawa, Kohei Torikai, Keiichi Konoki, Nobuaki Matsumori, and Michio Murata
Org. Lett. ASAP DOI:10.1021/ol801369g
マイトトキシン全合成、阪大の大石グループも名乗りを挙げました。しかしこれだけ作って全体の5分の1というのは恐ろしいことですね。
Total Synthesis, Revised Structure, and Biological Evaluation of Biyouyanagin A and Analogues Thereof
K. C. Nicolaou, T. Robert Wu, David Sarlah, David M. Shaw, Eric Rowcliffe, and Dennis R. Burton
J. Am. Chem. Soc. ASAP DOI:10.1021/ja802805c
ワンポットでのスピロ5-5骨格形成、光[2+2]付加環化など巨匠の技が光ります。biyouyanaginって名前はなんだとおもったら、ビヨウヤナギという木があるんですね。
A Protecting Group Free Synthesis of (±)-Neostenine via the [5 + 2] Photocycloaddition of Maleimides
Michael D. Lainchbury, Marcus I. Medley, Piers M. Taylor, Paul Hirst, Wolfgang Dohle, and Kevin I. Booker-Milburn
J. Org. Chem. ASAP DOI:10.1021/jo801108h
4環性アルカロイドの保護基なしでの全合成。なんでこれがJOCなんだろうと思うくらいきれいに決まってます。
・反応
Convergent Preparation of Enantiomerically Pure Polyalkylated Cyclopropane Derivatives
Adi Abramovitch, Louis Fensterbank, Max Malacria, Ilan Marek
Angew. Chem. Int. Ed. Early View DOI: 10.1002/anie.200802093
スルホキシドを利用した、ポリアルキル化シクロプロパン骨格の合成。
Ruthenium-Catalyzed Oxidative Cyanation of Tertiary Amines with Molecular Oxygen or Hydrogen Peroxide and Sodium Cyanide: sp3C?H Bond Activation and Carbon?Carbon Bond Formation
Shun-Ichi Murahashi, Takahiro Nakae, Hiroyuki Terai, and Naruyoshi Komiya
J. Am. Chem. Soc. ASAP DOI:10.1021/ja8017362
三級アミンのNに隣接したメチル(メチレン)水素を活性化し、酸化的にニトリル化する(R2N-CH3→R2N-CH2CN)。ルテニウムすげえ。
・その他
Catalytic Strategies of Self-Cleaving Ribozymes
Jesse C. Cochrane and Scott A. Strobel
Acc. Chem. Res. ASAP DOI:10.1021/ar800050c
自己切断反応を行うRNA(リボザイム)の機構。DNAとRNAがOH一つの差でこうも性質が変わるというのは、実に不思議なことだなと思います。
Triazole-Linked Analogue of Deoxyribonucleic Acid (TLDNA): Design, Synthesis, and Double-Strand Formation with Natural DNA
Hiroyuki Isobe, Tomoko Fujino, Naomi Yamazaki, Marine Guillot-Nieckowski, and Eiichi Nakamura
Org. Lett. ASAP DOI:10.1021/ol801230k
リン酸ジエステル結合の代わりにクリックケミストリーで結合した人工DNAの合成。個人的にこういう研究は大好きです。
Simple Molecule-Based Fluorescent Sensors for Vapor Detection of TNT
Grigory V. Zyryanov, Manuel A. Palacios, and Pavel Anzenbacher Jr.
Org. Lett. ASAP DOI:10.1021/ol801030u
ペンチプチセン(横から見ると「エ」の字みたいな芳香族化合物)誘導体を合成。この隙間に電子不足芳香環が挟まると蛍光が消えるのを利用し、TNTなど爆薬のセンサーとして使おうという研究。地雷廃絶などに役立つかもしれません。
※興味深い論文などありましたら、こちらより情報をお寄せいただければ幸いです。反応・全合成の他、医薬品合成・超分子・材料・天然物化学などなど何でも結構です。
☆安全な実験のために
ヘキサメチルリン酸トリアミド(HMPA)は反応溶媒としてよく用いられたが、強い発ガン性を持つ。リチウムなどに強く配位するため有機リチウム試薬への添加剤に用いてよい結果を与えることも多いが、これらは多くの場合NMPやDMPU、DMIなどといった試薬である程度代用が可能であるため、こちらを優先的に検討することが勧められる。
また、アミド結合生成試薬として有用なBOP試薬も副成物としてHMPAを生成する。この欠点を改良したPyBOP、HBTUなどが開発されているので、こちらの使用が望まれる。
(参考:有機化学実験の事故・危険―事例に学ぶ身の守り方 p70より)
☆館長の本棚
「新薬誕生―100万分の1に挑む科学者たち」 (ロバート・L・シュック著 ダイヤモンド社刊 2520円)
近年登場した7つの画期的新薬の誕生物語です。著者は文系の人だそうですが、科学的な観点からも正確に書かれており、翻訳も読みやすく仕上がっています。ただし専門用語は多く、製薬会社で働いている人でないと全てを理解するのは難しいかもしれません。
「ビッグ・ファーマ―製薬会社の真実」とは対照的に、この本では製薬企業の科学者たちを使命感に駆られた高尚な人々として描いています。このあたりは賛否ありそうですが、これだけの結果を出す人たちはそれだけの情熱を持った人たちなのかもしれないとも思います。また企業合併の荒波に翻弄される研究者たちの姿をもリアルに描き出しています。
「新薬を創る」という仕事に誇りを持つことができる、よい本であると思います。ただ、ここに挙げられた薬に匹敵するものを日本人も創り出しているわけで、そのあたりにも触れているともっとよかったかもしれませんが。
本書で取り上げられている薬:ノービア・カレトラ(アボット)、セロクエル(アストラゼネカ)、ヒューマログ(イーライリリー)、アドエア(グラクソ・スミスクライン)、レミケード(ジョンソン&ジョンソン)、グリベック(ノバルティス)、リピトール(ファイザー)
☆編集後記
今号より「Nature Chemistry」の広告がメルマガと本館に掲載されます。研究者としての僕は「Nature」に載ることなど夢のまた夢でしたが、僕の方が「Nature」を載せることになったわけで、気分としてはなかなか悪くありません(笑)。
Natureの姉妹誌はすでに20誌以上が登場していますが、多くの分野であっという間に既存誌を追い抜くインパクトファクターを叩き出しており、Natureブランドの強さはやはり絶大であるようです。さて来年からの「Nature Chemistry」も同じように強さを発揮できるか、注目したいところです。
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