〜〜メルマガ有機化学〜〜

 2008年第16号 もくじ

1.今週の反応・試薬 2.注目の論文 3.安全な実験のために 4.館長の本棚 5.編集後記


 ☆今週の反応・試薬 〜 親電子的フッ素化

 炭素骨格にフッ素を導入する手法としては、フッ素ガスなどによるC-H結合の置換、OH基のSF4やEt2NSF3(DAST)などによる置換反応がよく用いられてきた。ただしこれらの試薬は制御が難しいことがあり、また危険を伴う。
 最近、炭素アニオンに対してフッ素を「F+」の形で導入する試薬が開発され、扱いやすく効率もよいため注目されている。中でもN-フルオロピリジニウムトリフラートは加水分解を受けにくく、ピリジン環上の置換基によって反応性を変えることができ、有用である。

 N-フルオロピリジニウムトリフラート(1)

 N-フルオロピリジニウムトリフラートは、例えばマロン酸ジエチルのナトリウム塩とTHF中0℃で反応してフルオロマロン酸ジエチルを与える。エノールシリルエーテルやエノールエステルと反応してα-フルオロケトンを、Grignard試薬と反応してモノフルオロアルカンを与える。

 この他の反応は、こちらなどを参照。
同様な目的に、(PhSO2)2NF、SelectFluorなども用いられる。こちらなども参照(PDFファイル)。

  
(PhSO2)2NF (2)、SelectFluor (3)


 ☆注目の論文

・全合成

Chemical Synthesis of the GHIJKLMNO Ring System of Maitotoxin
Nicolaou, K. C.; Frederick, M. O.; Burtoloso, A. C. B.; Denton, R. M.; Rivas, F.; Cole, K. P.; Aversa, R. J.; Gibe, R.; Umezawa, T.; Suzuki, T.
J. Am. Chem. Soc.; 2008; ASAP Article;  DOI: 10.1021/ja801139f

Nicolaouも久々にマイトトキシンの論文を出してきました。最後の天然物、いつ陥落するんでしょうか。

 Total Synthesis of (?)-Brevenal: A Concise Synthetic Entry to the Pentacyclic Polyether Core
Makoto Ebine, Haruhiko Fuwa, and Makoto Sasaki
Org. Lett. ASAP DOI:10.1021/ol800685c

 こちらは5環性ポリエーテル。この類の合成も、いろいろな部分で洗練されてきたなあと思います。

 A Concise Approach to Vinigrol
Thomas J. Maimone, Ana-Florina Voica, Phil S. Baran
Angew. Chem. Int. Ed. 47,3054 (2008) DOI : 10.1002/anie.200800167

 これは見落としていました。骨格合成だけでAngewandteは珍しいと思いますが、それだけのことはあります。Paquetteが手こずった6-6-8骨格を、短工程で美しく仕留めています。若き達人Baran、魅せてくれますね。

・反応

Metal-Free Conversion of Methane and Cycloalkanes to Amines and Amides By Employing a Borylnitrene
Holger F. Bettinger, Matthias Filthaus, Holger Bornemann, Iris M. Oppel
Angew. Chem. Int. Ed. Early View DOI : 10.1002/anie.200705936

 (RO)2B-N3に光を当てて発生させたナイトレン活性種((RO)2B-N:)で、アルカンから直接アミンやアミドを合成する。選択性とかは当然ないでしょうが、これはブレイクスルーですね。

  1,3-Diol Synthesis via Controlled, Radical-Mediated C?H Functionalization
Chen, K.; Richter, J. M.; Baran, P. S.
J. Am. Chem. Soc.; 2008; ASAP Article;  DOI: 10.1021/ja802491q

 水酸基を手がかりにβ位を酸化して、1,3-ジオールを作る。すげえ反応だなと思って著者を見ると……。Baranよ、あなたは何者ですか。

・その他

Ultralong Carbon-Carbon Bonds in Dispirobis(10-methylacridan) Derivatives with an Acenaphthene, Pyracene, or Dihydropyracylene Skeleton
Hidetoshi Kawai, Takashi Takeda, Kenshu Fujiwara, Makoto Wakeshima, Yukio Hinatsu, Takanori Suzuki
Chem. Eur. J. Early View DOI: 10.1002/chem.200702028

 以前「有機化学美術館」でも取り上げた、最長の炭素-炭素結合を持つ化合物。1.771オングストロームと、通常のC-C単結合の1.2倍ほどの長さがあるとのこと。

※興味深い論文などありましたら、こちらより情報をお寄せいただければ幸いです。反応・全合成の他、医薬品合成・超分子・材料・天然物化学などなど何でも結構です。


 ☆安全な実験のために

 今回はジアゾ化合物について。

塩化メチレンとアルカリ水溶液の2相系でN-ニトロソメチルウリアから少量のジアゾメタンを発生させていたところ,爆発がおこり,ガラス装置が破損した.安全用にアクリル板衝立を置いていたため実験者にけがはなかった.ジアゾメタンは 通常,(ジエチル)エーテルとアルカリ水溶液の2相系で発生させ,エーテルとともに蒸留されるが,塩化メチレンは水より比重が大きく,ジアゾメタンが生のまま発生したために起こったものと考えられる.

文中にある通り、ジアゾメタンはエーテル溶液として調製するのが常法ですが、うっかり塩化メチレンを使ってしまったため起きた事例と思われます。慣れてくると「どの溶媒でもいいや」と油断しがちですが、特にこうした危険な試薬の場合きちんとプロトコルを守るのが大切になります。

情報を提供いただきましたA.K.さん、ありがとうございました。

(参考:有機化学実験の事故・危険―事例に学ぶ身の守り方 p.196より)


 ☆館長の本棚

 Molecules That Changed the World: A Brief History of the Art and Science of Synthesis and Its Impact on Society

(K.C.Nicolaou and T. Montagnon, Wiley-VCH)

 この本の紹介を忘れていました。かのNicolaou教授による、「世界を変えた分子たち」の本です。「Classics」などと違って反応などを詳しく教科書的に解説するものではなく、ビジュアルを徹底して活用して化合物の歴史などを伝える方に重点が置かれています。発見者・全合成達成者などと大きなカラー写真で紹介しており、見ているだけで楽しい本に仕上がっています。「この先生はこんな顔だったのか」「この化合物にはこんな歴史があったのか」などなど、見どころたっぷりです。


 ☆編集後記

 現場を離れて5ヶ月、そろそろ酢エチの香りが恋しくなってきた今日この頃です(笑)。何しろ15年くらいずっと実験ばかりしてたんで、それ以外の働き方を知らなかったですからね。考えてみれば不思議な人生です。あ、今の方が不思議な人生か。まあ現場感覚は忘れないようにしたいと思うので、そのうちどこか研究室を見学させていただければ嬉しいかなと思っております。

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