Science mini-story (2) 〜日本発・113番元素登場〜
というわけで前回の続き。
(4)命名権の行方
新元素が発見され、その存在が確定したら当然名前が必要になります。元素の命名権は発見者に与えられ、IUPACという組織がこれを認定して最終決定されます。
とはいえ元素の発見は常にその時代の科学の限界に挑む仕事であり、それゆえに思わぬミスや虚偽はつきものです。「ニッポニウム」と命名された元素が周期表から消された経緯については以前も触れましたが、他にも数多の元素が歴史の中で抹消されており、その数は「本物」の元素の数(約110)を上回るとさえいわれています。
核反応によって元素を合成する時代になっても、この事情は変わっていません。こうした研究は巨大な設備と費用を必要としますので、「新元素発見」の報告がなされても追試を行うことが難しく、しばしば混乱を生じます。特に104番から109番元素の発見レースではアメリカ・ソ連(ロシア)・ドイツのチームがしのぎを削り、各グループが独自の命名を主張したため、1997年に至るまで正式な元素名が確定しませんでした。
また1999年にはアメリカチームがいったん118番元素発見の報告をしましたが、後に担当者の捏造であったことが発覚し、報告自体が取り下げられるという一件も起こっています。というわけで、新しい元素らしきものを発見したからといってすぐ命名はできず、十分に実験を重ね、信頼のおけるデータが得られてから初めて名称提案ができるということになります。例えば110番ダルムスタチウムの場合、発見報告から命名確定までには8年もの年月がかかっています。
ただし発見されてからずっと名無しというのは何かと不便ですので、正式な名前が確定するまでの間は「仮元素名」が使用されることになっています。3桁の原子番号の数字を、0は「nil」、1は「un」、2は「bi」という具合に置き換え、最後に「ium」をつけて命名することになっています。今回の113番元素の場合は「ununtrium(ウンウントリウム、元素記号Uut)」という名前が、正式名決定まで使われることになります。日本語で言えば「イチイチサンニウム」のような感じのネーミングでしょうか(このあたり、詳しくはWikipediaの「元素の系統名」を参照下さい)。
ちなみに今回の113番元素はすでに2004年2月にロシアチームが発見を報告していますが、これは証拠不十分で確定的とはいえないデータです。今回の理研の場合は1原子だけの結果とはいえ信憑性の高いデータであり、今後再現性が確認できれば日本チームに命名権が与えられる可能性は十分あると思われます。
(5)新元素の名前はどうなる?
さて新元素の存在が確実となり、晴れて命名権が与えられたとしても、好き勝手にどんな名前でもつけていいということにはなりません。元素名の語幹はその元素の性質、科学者の名、地名、国名、神話にちなむ言葉などに由来するものという規定があり、さらに語尾には必ず「-ium」をつけることになっています。参考までに人工合成された95番以降の元素名とその由来を列記しておきましょう。
原子番号 |
元素名 |
元素記号 |
名前の由来 |
95 |
アメリシウム |
Am |
アメリカ(国名)より |
96 |
キュリウム |
Cm |
キュリー(科学者の名)より |
97 |
バークリウム |
Bk |
カリフォルニア大学バークレー校より |
98 |
カリフォルニウム |
Cf |
カリフォルニア大学バークレー校より |
99 |
アインスタイニウム |
Es |
アインシュタイン(科学者の名)より |
100 |
フェルミウム |
Fm |
フェルミ(科学者の名)より |
101 |
メンデレビウム |
Md |
メンデレーエフ(科学者の名)より |
102 |
ノーベリウム |
No |
ノーベル(科学者の名)より |
103 |
ローレンシウム |
Lr |
ローレンス(科学者の名)より |
104 |
ラザフォージウム |
Rf |
ラザフォード(科学者の名)より |
105 |
ドブニウム |
Db |
ドゥブナ(ロシアの地名)より |
106 |
シーボーギウム |
Sg |
シーボーグ(科学者の名)より |
107 |
ボーリウム |
Bh |
ボーア(科学者の名)より |
108 |
ハッシウム |
Hs |
ヘッセン州(ドイツの地名)より |
109 |
マイトネリウム |
Mt |
マイトナー(科学者の名)より |
110 |
ダルムスタチウム |
Ds |
ダルムシュタット(ドイツの地名)より |
111 |
レントゲニウム |
Rg |
レントゲン(科学者の名)より |
ご覧いただければわかる通り、近年では核物理学の発展に貢献した科学者の名前にちなむものが圧倒的です(102番ノーベリウムは例外ですが、元素の発見を大いに推進した人物ということでしょうか)。地名にちなむものは、全てその元素が発見された研究所の所在地です。
では113番元素の名前はどうなるか――。発表の際、理研では「ジャポニウム」「リケニウム」という名を候補として挙げていました。ゲルマニウム(ドイツ)やガリウム(フランス)のようにラテン語の国名にちなむ元素も多くありますので、「ジャポニウム」はあり得そうです。ただ「理研」は地名ではないので、「リケニウム」という命名が通るかどうかはやや疑問です。ちなみに理研の所在地は埼玉県和光市ですが、「サイタミウム」「ワコーシウム」というのも今一歩冴えない気もします(笑)。
日本の科学者名にちなむとすれば、中間子理論の湯川秀樹、原子模型の提案者長岡半太郎、理研の大先達でもある仁科芳雄などの名が真っ先に挙げられるでしょうが、いずれも少々語呂が悪い感なきにしもあらずです。まあ個人的には日本発・初の元素でもある以上、幻の「ニッポニウム」復活がよいように思うのですが、さて果たしてどうなるでしょうか。
(6)113番元素発見の科学的価値
先述した通り、原子核は大きくなって行くにつれて急速に不安定になっていきます。92番元素ウラン238の半減期は45億年という非常に長いものですが、96番キュリウム247は1560万年、98番カリフォルニウム251は898年、103番ローレンシウム260は3分、そこから先はもはや秒単位の寿命しか持ちません。
元素といってもこれでは化合物を作るひまさえないではないか、と言われそうですが、驚くべきことに2002年に108番元素ハッシウムの化合物が合成され、化学的性質が調べられています。Dullmann率いるスイスのグループは、加速器中で生成したハッシウムを素早く反応させてその組成を調べ、揮発性の高い四酸化物(HsO4)を作ることを突き止めたのです(Nature 418,859 (2002))。この実験に使われたハッシウムは半減期わずか11秒、しかもわずか7原子でこれを調べたといいますから、まさに驚くべき技術としかいいようがありません。これによってハッシウムは、周期表ですぐ上に当たるオスミウムとよく似た性質を持つことが明らかになりました。

とはいえ113番元素の寿命はわずか100万分の344秒、こうなるとおそらく上記のような技術ももはや通用しないでしょう。となると、まばたきするひまもなく消えてしまう「元素」を巨額の費用を投じて作り出すことにどんな意味があるのか、科学者の自己満足に過ぎないのではないか、という意見が当然出てくるところです。人間の無限の知的好奇心のためだ、といってしまえばそれまでですが、多額の税金が投入された研究でもあり、科学者はきちんとこれに答える義務を持つものと思います。
特に義務を持つわけでもない筆者が勝手に答えるとすれば(笑)、こうした超重元素の崩壊過程を調べることにより、未解明の原子核の仕組みが明らかになる可能性があるということです。実は、かつての理論では、超重元素の寿命はもっと短いものと考えられていたのです。
例えば107番元素ボーリウム261の半減期は0.002秒という極めて短いものですが、これはかつて理論的に予想されていた数値に比べて1億倍も長いのです。そのはるか先にある113番元素が、1万分の3秒という「非常に長い」寿命を持つのはいったいなぜか――。これは現代物理学をもってしても完全には解決されていないミステリーなのです。超重元素を追いかけていけば、あるいはこの謎に迫る糸口がつかめるかもしれず、となれば新元素発見などよりはるかに重大な結果をもたらす可能性も秘めているといえます。
そしてもう一つの113番元素発見の意義――。それは「安定な島」への足がかりとしての意義です。
(7)さらに重い元素は見つかるのか
原子核は大きくなるにつれて不安定になっていくと述べました。しかしただ一本調子に壊れやすくなっていくのではなく、陽子や中性子の数が一定の数値になったとき、原子核は特別に安定になることが知られています。これは「マジックナンバー(魔法数)」と呼ばれ、2,8,20,28,50,82,126……と続きます。例えば最も重い安定元素である鉛の原子核は、陽子82個と中性子126個から成っています。
ということは次のマジックナンバーである126個の陽子を持った元素は、超重元素としては相当に長い寿命(半減期が数分から、もしかすれば数万年といったレベル)を持つことが期待されます。こうなればきちんと化合物を作ることもでき、「世界の構成要素」として新たな物質を作り出すことも可能でしょう。
その後いろいろな理論計算がなされ、陽子数に関しては126でなく114が次のマジックナンバーと考えられるようになりました。実際には原子番号114〜120の範囲で、かなり安定な元素の存在が予測されているそうです。原子番号1〜92の安定元素の「大陸」に対し、ちょっと離れて存在するこれらは「安定な島」(island of stability)と呼ばれているわけです。
実は114番元素(質量数289)はすでにアメリカのグループによって作り出されています。その半減期はなんと30秒、今回の113番元素の10万倍という「驚くほどの長寿命」であり、マジックナンバー理論の正しさを裏付けるものと考えられています。
ただし原子核の安定性は陽子だけでなく、中性子の数にもよります。126の次の中性子のマジックナンバーは178または184と考えられていますから、この組み合わせが実現されれば相当に安定な超重元素の誕生が見込めるわけです。理研では「次の114番元素の合成も射程圏内に入った」としていますので、当然この「安定超重元素」をも意識していることでしょう。夢の「安定な島」への一番乗りを果たすのはどこのグループになるのか、しばらくは激しい競争が続きそうな気配です。
現代の技術では、不安定な元素が崩壊してゆくのを止めるすべはありません。また超重元素ともなるとどう頑張っても数原子を作り出すのがせいぜいで、手に取れる量を作り出すには遥かに遠い段階です。しかしもしこれを克服し、大量の超重元素を作り出せる技術を手に入れたら――そこには今までと全く違う、新しい元素の世界が広がっているはずです。例えば112番元素は、金属でありながらなんと常温では気体で存在するという予測もあります。その他、思わぬ性質を持つ元素、今までにない性能の化合物がいくらでも見つかってくることになるでしょう。
科学の最先端といわれる研究はえてして目的がわかりにくく、生まれたての子供のように将来何の役に立つのか誰にもわかりません。とはいえそれを追いかけなければ、いつまでたっても何の可能性も生まれてこないこともまた確かです。
夢の新物質は我々の生きているうちに出現するでしょうか?そして周期表はいったいどこまで広がってゆくのでしょうか?元素発見の研究は、いつでも巨大な可能性を秘めた科学のパイオニアなのです。