〜〜メルマガ有機化学〜〜
2008年第10号 もくじ
1.今週の反応・試薬 2.注目の論文 3.安全な実験のために 4..殿堂入り名論文・迷論文 5.館長の本棚 6.編集後記
有機化学美術館更新情報:分館に「フラーレンの生合成経路解明」。エイプリルフールネタですので信じないようお願いします。
☆今週の反応・試薬 〜 LiAlH4還元
LiAlH4(通称LAH)は代表的な還元剤であるが、非常に反応性が高いため取り扱いには注意を要する。脱水したエーテルやTHFを溶媒として用い(エーテル系でないと溶けない)、窒素など不活性ガス雰囲気下で反応を行う必要がある。アミドの還元などの際には加熱して反応を行うこともあるが、爆発の事例などもあり注意を要する。
粉末の形で市販されているが、水分の存在で発火して火事になったケースもある。このため、THFなどの溶液で売られているものを推奨する研究室もある。いずれにせよ、十分に冷却して慎重に試薬を加えることが重要である。
LAHは高い反応性を持つので、反応終了後の処理の際には慎重に分解を行う必要がある。また処理の仕方によってはアルミニウムを含む不溶性の沈殿が大量に生成し、ここに目的物が吸着されると収率を低下させる要因になる。これを防ぐためいくつかの処方が知られている。
・ nグラムのLAHで還元を行った反応液に、冷却下nミリリットルの水、nミリリットルの15%水酸化ナトリウム水溶液、3nミリリットルの水を順次ゆっくりと滴下し、室温まで上げてしばらく攪拌する。灰色の沈殿ができたらセライトなどを用いて吸引濾過し、少なくとも50nミリリットル以上の溶媒で洗う。溶媒を留去し、目的物を得る。
・ 芒硝(硫酸ナトリウム十水和物)を大量に加え、含まれる水分によってLAHを分解する。酢酸エチルを加えてさらさらになるまで撹拌し、不溶物をセライトなどを用いて濾過、溶媒を留去する。
・ ロッシェル塩(酒石酸カリウムナトリウム)飽和水溶液を低温でゆっくりと加え、30分ほど撹拌するとアルミニウムが酒石酸とキレート錯体を形成し、溶解する。これを分液処理する。
・ 0度に冷却した上で飽和塩化アンモニウム水溶液を加えて反応を停止する。この灰色のエマルジョンにトリエチルアミン/メタノール/酢酸エチル3:10:87の混合溶液(反応溶媒のTHFに対して2.5倍量)を加え、セライトなどを用いて濾過する。濾液を通常の分液処理し、目的物を得る。
(一部Wikipedia・水素化アルミニウムリチウムの項目より引用)
☆注目の論文
・全合成
Total Synthesis of (±)-Axinellamines A and B
Daniel P. O'Malley, Junichiro Yamaguchi, Ian S. Young, Ian B. Seiple, Phil S. Baran
Angew. Chem. Int. Ed. Early View DOI: 10.1002/anie.200801138
Synthesis of 1,9-Dideoxy-pre-axinellamine
Junichiro Yamaguchi, Ian B. Seiple, Ian S. Young, Daniel P. O'Malley, Michael Maue, Phil S. Baran
Angew. Chem. Int. Ed. Early View DOI: 10.1002/anie.200705913
スクリプス・Phil Baranグループから2報。ワンポット反応、どこから出てきたんだと思うような試薬の雨あられという、Baranスタイル全開の全合成。
An Efficient Total Synthesis of (±)-Stemonamine
Yu-Ming Zhao, Peiming Gu, Yong-Qiang Tu, Chun-An Fan, and Qingwei Zhang
Org. Lett.ASAP DOI:10.1021/ol800433r
タンデム-セミピナコール転位-シュミット転位がミソ。どうなっているか考えてみよう。
・反応
Direct and Waste-Free Amidations and Cycloadditions by Organocatalytic Activation of Carboxylic Acids at Room Temperature
Angewandte Chemie International Edition 47, 2876(2008) DOI: 10.1002/anie.200705468
カルボン酸とアミンの縮合に、アリールホウ酸が触媒として働く。室温でも進行。また不飽和カルボン酸のDiels-Alder反応も触媒する。不飽和エステルは全く活性化しない。まだ発展がありそうなネタです。
Copper-Catalyzed Domino Annulation Approaches to the Synthesis of Benzoxazoles under Microwave-Accelerated and Conventional Thermal Conditions
Russell D. Viirre, Ghotas Evindar, and Robert A. Batey
J. Org. Chem.ASAP DOI:10.1021/jo702145d
ベンゾオキサゾールの合成。地味ながら製薬会社では使い道がある反応では。
Chiral Bronsted Acid Catalyzed Asymmetric Baeyer-Villiger Reaction of 3-Substituted Cyclobutanones by Using Aqueous H2O2 (p 2840-2843)
Senmiao Xu, Zheng Wang, Xue Zhang, Xumu Zhang, Kuiling Ding
Angew. Chem. Int. Ed. 47,2840(2008) DOI: 10.1002/anie.200705932
ビナフチルリン酸を触媒とし、過酸化水素を酸化剤とした不斉Baeyer-Villiger反応。グリーンな酸化反応となるか。反応機構の推定もあるが、ちと謎のような。
※興味深い論文などありましたら、こちらより情報をお寄せいただければ幸いです。反応・全合成の他、医薬品合成・超分子・材料・天然物化学などなど何でも結構です。
☆安全な実験のために
今回は生理活性化合物の扱いについて。
・LAHによる2,3-O-イソプロピリデン-lL-酒石酸ジメチルの還元を試みた。LAHのエーテル溶液にエステルを滴下した後、還流で穏やかに加熱したところ30分ほどして激しい爆発が起きた。
LAHは日常最もよく使う試薬ですが、最も危険な試薬の一つです。この場合は過熱により突沸が起こり、激しい爆発につながったと考えられます。この他にも発火・爆発などの事例には枚挙にいとまがありません。こればかりは気をつけて扱って下さい。
(参考:有機化学実験の事故・危険―事例に学ぶ身の守り方 p.136より)
☆殿堂入り名論文・迷論文
有機化学の金字塔となる名論文・アイタタと思うような迷論文を取り上げていこうと思います。
A new stereospecific cross-coupling by the palladium-catalyzed reaction of 1-alkenylboranes with 1-alkenyl or 1-alkynyl halides.
Miyaura, N., Yamada, K., Suzuki, A. Tetrahedron Lett. 1979, 3437-3440
鈴木-宮浦カップリングの初報告。今やノーベル賞の呼び声も高いこの反応、第1報はなんとご覧の通りTLです。その後もChem. Commun.、Synth. Commun.など、決して一流とはいえない学会誌での発表が続いています。しかしそのハンドリングのよさから徐々に評価を上げ、やがて「C-C結合生成反応の圧巻」と評されるまでになりました。1995年の総説(Chem. Rev. 1995, 95, 2457-2483)は、史上最も多く引用された化学論文の一つとなっています。仕事の正当な評価というのは難しいものだ、と思わされます。
☆館長の本棚
編集長おすすめの本をご紹介。化学分野に限らないかもしれません。
日用品から医薬、体内物質、タンパク質に至るまで各種分子をパソコン上で閲覧できる。DVD-ROM(Vista対応)入りの専用ビューワが付属しており、これだけでも入手の価値ありかと思います。データ集としても、科学者なら手元に置いておきたい一冊です。
☆編集後記
4月ということで、就職先やら転勤先やら、新天地でこのメルマガをお読みの方も多いと思います。環境に慣れるまではいろいろとストレスもあると思いますが、まずは頑張って下さい。
筆者が就職したのは1995年ですが、新人研修が結構カルチャーショックでした。営業なんかの文系連中はえらく楽しそうで、学生時代に遊び尽くしてきた感じだったので、じゃあ俺のあの苦しい6年間は何だったんだよ、としばし悩んだことを覚えています。まああの期間があったから今の自分があるわけで後悔はしていませんが、あの青春時代が唯一の正解というわけではなかったのだな、と今は思っています。皆様も気合いを入れ直して新しい道を歩んで下さい。
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